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明日からまた南九州に行きます。

 明日は晴れそうですが、当初の予定通りに日曜日に市房山に登る予定です。金土はゴルフ観戦に行く予定です。土曜日は雨が降りそうで、日曜日はまた曇り空になりそうです。
 それでは引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第四章 真(まこと)の父母の人生から見た信仰者の道より)

(み言 はじめ)
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  第一節 召命の人生

 1 希望に満ちたあすが、召命を受けた者として「私」を呼んでいます。その召命された人が行く道は、運命によっていくのではなく、宿命的な道に従っていくのです。運命の道は変更させることができますが、宿命的な道が変わることはあり得ません。
 父子関係を変えることができますか。兄弟関係を変更させることができますか。できません。それは宿命的です。天運の道理と宿命に帰着して安着することを願う、そのような歴史が巡っているのです。その安着の基点が真の父母です。真の父母を中心とした真の子女の宿命的な関係を神様と結んでおいたので、これは変更することができないのです。

  神様の召命
 2 人間が、心と体で願う希望とは、創造主(しゅ)である神様が再び直接主管してくださることです。今日の私たちには、このような希望とみ旨を果たすべき使命があり、そのことを完遂するための召命を受けているのです。ですから、私たちは、神様の主管性を復帰してさしあげなければならず、それとともに、万物の主人としての主管性も復帰してさしあげなければなりません。そして、神様が主管してくださる恩賜に対して、感謝の栄光をお返ししなければなりません。このような責任は、万物にあるのでもなく、天の天軍天使にあるものでもなく、今日の私たちにあるのです。

 3 神様は私たち個人を訪ねてこられますが、その個人を中心として家庭と社会、ひいては世界まで取り戻すことを願われます。ところが、この道がまだ塞がっています。天の摂理歴史路程は、「私」を求めて地にまで下りてきました。ですから、「私」を中心として再び天の方向に進まなければならないのですが、その道が塞がっています。
 それだけでなく、善を追求する人たちは、今までこの世的なあらゆるものを切って、否定しながら、失った本然のものを神様のみ前に再び探し立てることができる道を探そうとしましたが、このような道は限界点に来ています。
 今、皆さんが感じなければならないことは、神様の悲しみです。イエス様の悲しい心情を体恤(たいじゅつ)しなければなりません。そして、神様は六千年という長い歳月を、悲しみの中であえぎながら、皆さん一人を求めてこられたという事実を、実体的に感じなければならないのです。

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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)

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山陰地方の山旅の写真を掲載致します。

 以下に山陰地方の山旅に行ったときの写真をご紹介いたします。夜中に中国山地を走り続けていた時は、山下達郎さんの好きな曲(2曲:風の回廊とゲット・バック・イン・ラブ。コーヒーと共に眠気覚ましにいいのかも知れません。(※1))をずっと繰り返し聞いていました。途中、日本海側と太平洋側との分水嶺というところも行ったり来たりしました。千メートル近い所を走っていても、雪は除雪されていて安心しました。ピッケルは三瓶山の上りでも使いました。下りはストック(ピッケルでは柄が短く地面に届かないので。)でした。
 ところで、孝情ですが、夫が妻に対して仕える(というよりは侍るでしょうか。)気持ち、妻が夫に対して仕える(前に同じ。)気持ちがあれば、お互いにいい加減なことはしないと思います。或いは、将来に侍る妻のことを考えて、あるいは将来に侍る夫のことを考えて、聖器を大切に保管することも孝情になるのではないでしょうか。孝情は、世俗的な言葉で言えば、真面目であることなのかも知れません。今の世の中には、確かに孝情が欠けているような気が致します。
 それでは写真を掲載致します。

s_(1)_DSCN0708_西の原の駐車場より男三瓶山、子三瓶山、女三瓶山.JPG
 西の原の駐車場から目の前に三瓶山を望む。(左側に男(お)三瓶山、右手前に子三瓶山、右奥に女(め)三瓶山。)

s_(2)_DSCN0708_標高を上げて西の原方面を望む.JPG
 標高を上げて西の原方面を望む。

s_(3)_DSCN0708_男三瓶山の登山道の様子-実は登りでピッケル、下りでストックを使用.JPG
 男三瓶山の登山道の様子。

s_(4)_DSCN0708_山頂近く広々とした所を進む。.jpg
 山頂近く広々とした所を進む。

s_(5)_DSCN0708_男三瓶山の山頂.jpg
 男三瓶山の山頂。

s_(6)_DSCN0708_山頂付近にある避難小屋.jpg
 山頂近くにある避難小屋。

s_(7)_DSCN0708_山頂よりおそらく出雲方面を望む.JPG
 山頂よりおそらく出雲方面を望む。

s_(8)_DSCN0708_その西寄りおそらく大田市方面を望む.JPG
 同じく、その西寄りおそらく大田市方面を望む。

s_(9)_DSCN0708_さらにその西寄り西方向を望む.JPG
 同じく、さらにその西寄り真西方向を望む。

s_(10)_DSCN0708_西南方向を望む.JPG
 同じく、西南方向を望む。

s_(11)_DSCN0708_登ってきた方向を望む.JPG
 山頂より登ってきた方向を望む。

s_(12)_DSCN0708_火口湖の周りを囲むように男、女、子、孫の各三瓶山がある.jpg
 火口湖(くぼんだ部分)の周りを囲むように男、女、子、孫の各三瓶山があります。

 s_(13)_DSCN0708_広々とした山頂.jpg
 広々とした男三瓶山山頂。(西の原の方角から。)

s_(14)_DSCN0708_帰る途中で上蒜山を望む.jpg
 今度は、帰る途中で上蒜山を望む。(左側の山)

s_(15)_DSCN0708_中央右奥に白く輝く大山.JPG
 中央右奥に白く輝く大山(だいせん)。その風貌は、日本の山とは思えないほどです。米子自動車道から良く見えます。素晴らしいの一言です。

s_(16)_DSCN0708_帰る途中に寄ったR482沿いにある道の駅「風の家」.jpg
 帰る途中に寄った国道482号線(R482)沿いにある道の駅「風の家」。積雪量のすごさがわかります。

s_(17)_DSCN0708_平家ヶ岳への山道にて(除雪に使用したピッケル).jpg
 平家ヶ岳への山道にて(除雪に使用したピッケル)。右側の幅の広い方を使って雪掻(か)きです。

s_(18)_DSCN0708_平家ヶ岳への山道にて(除雪後).jpg
 とりあえず、車輪の通る所だけでも除雪しました。上りはうまく車輪を除雪部分に乗せられましたが、下りは見えないので、車輪を見事に雪の上に乗せて失敗しました。この後、車輪部分の幅が広くなるように除雪しました。

s_(19)_DSCN0708_平家ヶ岳-峠を過ぎて下り始める.jpg
 除雪した所から20~30メートルぐらい先の所にまた雪があって進めず。その手前に車を停めて、歩き始めました。歩いて15分ぐらいで林道終点となりますが、その少し手前で右にさらに林道が続きます。(ゲートで閉じられていて車は入れません。)ゲートからさらに歩いて15分くらいで峠にさしかかります。登山道の入口を示す標識が見当たらず、営林署の看板に地図があるとは思わず、そのままやり過ごして、さらに先へ進みます。やがて下りにさしかかります。(この写真)雪の深さは深い所で膝近くまであります。鹿と思われる足跡はずっと伸びており、人と思われる足跡は右上で途切れています。私もここで引き返すことにしました。(うっかり雪ごと谷へ転落するかも知れない可能性もあるので。)

s_(20)_DSCN0708_平家ヶ岳山頂.jpg
 峠に戻って、倒れた標識板を見つけ、登山道も探し当てて登りました。登山シーズン前で刈り払いされていないのだと思われますが、ものすごい藪の中を突破して平家ヶ岳の頂上に到着。雪の深さは40~50センチメートルくらいでしょうか。三角点が埋もれているようです。普通の地図に載っている山は大体、三角点があるようです。

s_(21)_DSCN0708_平家ヶ岳山頂よりおそらく岩国市方面を望む.JPG
 平家ヶ岳山頂よりおそらく岩国市方面を望む。

s_(22)_DSCN0708_平家ヶ岳山頂より吉賀町方面を望む.JPG
 平家ヶ岳山頂より吉賀町方面を望む。

s_(23)_DSCN0708_平家ヶ岳の山頂を振り返る.JPG
 下山の際、平家ヶ岳の山頂を振り返る。それじゃあ、またねと言ったかどうかは・・・。

s_(24)_DSCN0718_下ってから見た看板。地図を良く見ていませんでした。標柱は少し離れた所に。.jpg
 下ってから看板を良く見たら、地図がありました。これで今登った山は平家ヶ岳であることを確認。この地図では、平家ヶ岳は岩国市側にあるようです。

s_(25)_DSCN0721_津和野駅の近くに停めてある車両。.jpg
 再び、津和野へ行った時に、食堂の駐車場から取った列車の写真。

s_(26)_DSCN0722_津和野駅近くの町の様子-六日市に戻る時.JPG
 六日市に戻る際に取った、津和野駅近くの町の様子の写真。津和野の町並みは、山と山の間の狭い谷間にある感じでした。

 それでは次に、引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第三章 真(まこと)の父母に似るための信仰生活と路程より)

(み言 はじめ)
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  第五節 真の父母を通して完成する路程
             ・
  創造目的の完成
 12 神様の願いとは何でしょうか。神様も、やはり真の人、真の男性と真の女性を望むのです。それを願わざるを得ません。信仰者として最高に望むものは、統一教会(現世界平和統一家庭連合)の言葉で言えば、完成した人です。完成した人は、真の人です。神様が救援摂理を推進させてきたその目的も、やはり完成した人であると同時に、真の人にあります。
 それでは、神様が会いたい人とはどんな人でしょうか。真の人です。真の男性と真の女性に会いたいというのです。真の男性と真の女性に会えなくなったのは、堕落のためです。ですから、復帰は真の人を取り戻すことなのです。真の人を取り戻すには、創造原則において男性を先に造ったので、真の男性に先に出会わなければなりません。そして、神様が本来意図され、願った目的を完成しようというのが、救援摂理のも目的です。

 13 今まで信仰生活をしてきた人たちは、神様の愛を中心として創造理想を完成しようとするみ旨が分かりませんでした。それは、神様のみ旨の完成、創造理想の完成です。それは四位基台の完成です。四位(よんい)基台を完成すればどのようになりますか。天と地が定着するようになります。天と地が初めて定着するようになるのです。天は上の軸と同じであり、地は下の軸と同じです。これを中心として一つになるのです。ここで子女は、中央の軸に向かって一つになる平面的な形態を備えなければなりません。それで、これが育つことによって、中央に上がっていって一つの円形をつくり、愛の理想の球形をつくるのです。

 14 信仰生活をする人たちは、よく観念的な世界を求め、そこから慰めを受けようとしています。しかし、たとえ堕落したとしても、人間は本来、永遠の天性と通じることができる性稟(せいひん)をもっていて、各自の心の中には、創造理想の要素はもっているのです。ですから、人間は、罪悪を脱いで完成し、神様と一体となり、無限に喜びの生活をすることができるのです。
 私たちが祈る目的は、心の核心となる要素を目覚めさせようとすることです。皆さんがそのような一つの基準を立て、見て、聞いて、感じる心の中心を天倫の前に立てるとすれば、皆さんは、神様に敬拝を捧げ、「ハレルヤ」と言いながら栄光を返すことができるのです。しかし、今日の人間たちの中には、このような心の境地を願いながらも、このような境地に到達するために深刻に投入して、自らの本性を探し立てるために闘争する人がいないというのです。
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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)



※1:‘:風の回廊と~・・・。’を追加挿入致しました。(3/23 午後1時21分ごろ)

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3/17(金)~19(日)まで南九州へ行ってきました。

 当初は3/16(木)から行って、その日に宮崎県と熊本県の県境にある市房山に登り、後の3日間はゴルフ観戦しようと思っていましたが、朝早く起きれず、次の日(3/17)から行くことになりました。そして、3/17に市房山の登山口(宮崎県側の西米良(にしめら)村の村所(むらしょ)まで宮崎空港からバスを乗り継いで(西都(さいと)を経由して)行き、そこからタクシーで20分ほどかかりました。)まで行って、そこから登り始めましたが(12:20頃)、30分ほどくらいして人工の杉林の辺りで道に迷い、引き返しました。登山道の曲がり方といい、杉林の中といい、奥秩父の白石山で迷った時と状況がよく似ていました。その日は村所近くのホテルに泊まり、次の日(3/18)、村所から村営バスで熊本県側へ出て、くま川鉄道の終着点の湯前(ゆのまえ)駅まで行き、そこからタクシーで3合目の登山口まで行きました。(9:20頃)こちら側からは市房山の頂上まで行けました。(12:10頃着)曇り空でタクシーから見たときは山頂部分にも雲がかかっていましたが、登頂した頃は日が差す程度まで回復して、眼下の眺望もそれなりにまずまずでした。12:20頃には下山を開始して登山口には14:30頃に戻り、またタクシーで湯前駅まで行きました。そしてくま川鉄道に乗って終着の人吉(ひとよし)温泉駅まで行きました。ところが湯前駅のロッカーに忘れ物をしたのに気付き、また湯前駅まで行って帰ってきました。JR人吉駅から吉松(よしまつ)駅、隼人(はやと)駅のそれぞれで列車を乗り継いで、鹿児島中央駅に着いたのが、23:00を過ぎていました。
 次の日(3/19)は、鹿児島県の姶良(あいら)市で行われているゴルフの試合を見に行き、最初はイボミ選手、全美貞選手、大江香織選手の組を1番ホール途中から3番ホールのティーショットまで観戦して、それから香妻琴乃選手、福田真美選手、吉田弓美子選手の組を18番ホールまで観戦しました。イボミ選手は球を打たれた後、スウィングを確認されていることが多かったように思えました。何かしっくりこないのでしょうか。香妻選手は球に力がありますね。少し力が入り過ぎる感じもあったでしょうか。暫定球を打った時のようなショットがいいですね。同じ距離をコントロールして打つショットも楽でいいですね。福田選手はパッティングが上手でしたね。吉田選手はさすがに5勝しているだけあって、安定した感じのプレーぶりでしたね。花粉症のせいもあって、気持ちが途切れることもあったのでしょうか。この組は見ていてほっとするような平和感がありました。天国に近い気分ですね。優勝は菊池絵理香選手でツアー通算3勝目なのですね。うれしい優勝おめでとうございます。
 次週も南九州の宮崎で試合がありますね。また市房山の登山を兼ねてゴルフ観戦に行くかも知れません。私の使っていた登山地図は2015年のもので古く、宮崎県側から5合目まで行ける林道が記載されていませんでした。昨日買った2017年版の地図には載っていました。ただし天気予報を見ると土日が登山に適していて、またタクシー会社さんの都合で火木土は行ってくれないようです。ですので日曜日に登山に行くことになりそうです。
 さらにその次の週は、再び上蒜山に行こうと思います。(毒へびのマムシが多くいるそうで、雪のあるうちに行っておきたいという思いがあります。)そしてその後、南に下って四国の三嶺に登ろうと思っています。こちらは車で行こうと思っています。日程はお天気次第です。
 今回は、市房山の登山時の写真を以下に掲載したいと思います。山陰地方の山旅の写真は、また次の機会に掲載できればと思っています。

s_1-DSCN0724-山頂近く9合目辺り.jpg
 山頂まであと15分くらいの所(9合目辺り)から、山頂方向を望む。(山頂はかすかに見える奥の方。)登山路は全体的に悪路で、急傾斜で大木の根や大きな岩があり、滑りやすい赤土が露出しています。

s_2-DSCN0725-山頂.jpg
 市房山の山頂。

s_3-DSCN0726-山頂にある一等三角点.JPG
 市房山山頂にある一等三角点。

s_4-DSCN0728-山頂より登ってきた方向.jpg
 山頂より登ってきた方面を望む。

s_5-DSCN0729-北側からの山頂の様子.jpg
 北側からの山頂の様子。

s_6-DSCN0730-南側からの山頂の様子.jpg
 南側(西米良村の方)からの山頂のようす。

s_7-DSCN0731-山頂より水上村.JPG
 山頂より熊本県側の水上(みずかみ)村を望む。

s_8-DSCN0734-下山時に鹿3匹に遭遇.jpg
 下山時に山頂付近で、3匹の鹿に遭遇する。(真ん中少し上)一番右側の鹿は頭だけ出しています。おそらくこれが親で、他の2匹は子鹿だと思います。こちらへ寄ってくる気配がありました。

s_9-DSCN0738-登山道沿いの樹齢千年を越える杉の木.JPG
 登山道沿いの樹齢千年を越える杉の木。胴回りが、6~8メートルくらいあります。このような大木が3~4合目までの参道にあります。4合目に市房神社があります。

s_10-DSCN0739-くま川鉄道の列車.jpg
 くま川鉄道の列車。1両編成でした。おしゃれな感じの可愛い車両です。

s_11-DSCN0743-列車を近くから写す.JPG
 さらに近づいて車両を写す。

s_12-DSCN0741-車内の様子.jpg
 車内の様子(その1)

s_13-DSCN0742-車内の様子2.JPG
 車内の様子(その2)。これで通勤、通学用に利用されているようです。

s_14-DCSN0745-車窓から.jpg
 車窓からの田園風景。弱い雨が降っています。くま川鉄道は、球磨(くま)川下りで有名な球磨川沿いに走っています。

 それでは、引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第三章 真(まこと)の父母に似るための信仰生活と路程より)

(み言 はじめ)
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  第五節 真の父母を通して完成する路程
             ・
  心情関係
             ・
 10 この地上において、中心である人類の先祖を中心として連結させていくには、先に何が設定されなければならないのでしょうか。父子関係が設定されなければなりません。男性として生まれても、女性として生まれても、最初に結ばれるものが父子関係です。なぜ父子関係なのでしょうか。それは天地がそのようになっているからです。
 縦に下りてきたものが父子関係です。父子関係でなければ、縦的に連結されません。父子関係の縦的連結は、生命が連結されなければなりません。父と母の生命と血統が連結されなければなりません。父子関係はそのままではできないのです。血統が連結されなければならないのです。

 11 天宙の「天」という字は、「二」と「人」が一つになっています。そして、「宙」というものは家を意味します。宇宙もそうです。「天宙」というものは、天を中心とした家庭を意味するのです。天運を支える家庭のことです。天運を支える家庭には、縦的に真の父母である創造主が連結され、その創造主と九〇度の決着点を中心に横的に連結されます。縦的な真の父母と横的な真の父母が連結されます。創造主(しゅ)と創造された子女は父子関係です。家庭は、それが縦的に動くだけではありません。縦横の関係が一体になるのです。
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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)

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山陰地方の旅行から昨日帰ってきました。

 3/10(金)~14(火)までの旅程となりました。三瓶山には登れましたが、上蒜山は雪が深くて登れませんでした。雪の深さは50~60センチメートルぐらいあり、午後暖かくなって雪が柔らかになり、踏み抜きが多く登り始めてすぐに断念しました。三瓶山は深い所でも30センチメートルぐらいでした。3/10は朝寝坊してしまい1時間遅れて7:00頃に出発しましたが、慌てて出たせいか途中で登山靴を持っていないことに気づき、家に引き返して再出発したのが、8:30頃になりました。松江市内のホテルに着いたのが、23:00過ぎとなりました。平塚から国道1号線(西湘バイパス、箱根新道、富士吉田バイパスなどを含む。)で静岡まで行き、静岡から東名高速道路、名神高速道路を使って関ケ原まで行き、そこから国道21号、8号線を使って滋賀県大津市の手前の草津市まで行き、そこから京滋バイパス道路、名神高速道路、中国自動車道、米子自動車道、山陰自動車道で米子西まで行き、そこから国道9号線で松江まで行きました。
 翌日(3/11)は、朝5:50頃にホテルを出て三瓶山の登山口(西の原)に7:30頃に着いて7:50に登山開始。頂上に9:12頃着。眺望を堪能してから9:30頃下山開始、登山口に10:44に着きました。そこから上蒜山の登山口に山陰道、米子自動車道を通って、13:00過ぎに到着。ちょうど下りてきた二人の人たちのお話しの状況と自分で歩いて(アイゼンもワカンも無しで。)みて、上蒜山の登山を断念しました。お二人はワカンを履いていましたが、それでも雪の中に潜りこむことがかなりあったとの事です。朝は凍っていて大丈夫だったけど、昼間は解け出して柔らかくなったようです。
 そしてさらに翌日(3/12)は松江教会にて日曜礼拝に参席後、13:00頃に松江市内のローソンで昼食を済ませて出発し、山陰道、松江自動車道、中国自動車道、国道187号線(石見線とかひとはなラインと呼ばれているようです。)、国道434号線などを通って、島根県吉賀(よしか)町と山口県岩国市の境界にある平家ヶ岳(標高1,066メートル)に登ろうとしましたが、林道の途中で雪に阻(はば)まれ、時間も16:00頃と遅くなったので津和野町に行き、そこで宿泊しました。食事は中国自動車道の六日市(むいかいち)の出口近くのラーメン屋(大将という名前だったかな。)で済ませました。ひとはなラインを走っていて、山間(やまあい)の山村風景が素晴らしいと思いました。人の手があまり入っていない優しい感じがしました。山並み、家並みもきれいです。高津川という川も流れていますが、平成22年から25年までの4年間連続で日本で一番水質が良い川だったそうです。霊的雰囲気も優しそうな感じがしました。
 次の日(3/13)の朝、7:00頃に津和野のホテルを出て、再び平家ヶ岳の林道の雪のある所まで来ました。ピッケルで車輪の通る部分の雪を取り除いて前へ進みましたが、また次の雪で阻まれたので、時間もないのでそこで車を止めて、そこから歩き出しました。10:30頃です。林道をずっと歩いていきましたが、途中から雪が深くなり(30~40センチメートルくらい)林道が下り始めたので、引き返して峠と思われる所まで戻りました。付近を注意深く見ると、平家ヶ岳頂上へという標識板が掛かっている標柱が倒れているのを見つけました。そして山肌も注意深くみると山道らしきものが見えました。明らかに登山道でしたが、笹藪(ささやぶ)や木の枝が覆(おお)いかぶさって、大変わかりにくい状況でした。上り方向に対して笹が下向き(逆目方向)に生えていたので、笹のものすごい抵抗に合う、猛烈な藪こぎ状態となりました。頂上に着いたのが11:45頃、下山を開始したのが12:00過ぎで、峠に下りてきたのが12:35頃だったと思います。(下りは順目方向だったので進みやすかったです。)車に戻り、車をバック(狭い山道の下りのバックは怖いです。)で降りようとしたら、さきほどの雪の所でスリップ状態になり、車が動かなくなりました。仕方なく、ここでもう一度、ピッケルで除雪作業をしました。ピッケルは除雪作業だけに使いましたが、いろいろピッケルの特性もわかって良かったです。ゴルフのバンカーショットで砂をエクスプロージョン(爆発的飛散)するように、雪をエクスプロージョンしました。
 ところで、朝、平家ヶ岳に行く時に、途中のローソン(こちらではローソンをかなり見かけました。)で朝食を買うために車を下りて寒いなと思ったら、ホテルにジャンパーを置き忘れているのに気づきました。それで再び、津和野までジャンパーを取りに行きました。17:00頃ホテルに着きました。ちょうど夕食時の頃だったので、その後、津和野駅近くの食堂「みのわ」さんで食事をしました。他人丼とお団子を食べましたが、これまた美味しかったです。おふくろの味のようです。そしてその店の壁に社是と書いてある壁掛けをみたら、「善進」と書いてあるではありませんか。びっくりして、意味を尋ねたら、あまりその方はわかっておられない感じでしたが、書いてある通りだと思いますよ、善いように進むのだと思いますとおっしゃられていました。津和野町や吉賀町は霊的基準が高いのだなあと思いました。
 このようにして帰宅日は一日ずれた次第です。この日(3/13)は宿に泊まらずにずっと車を走らせていました。兵庫県の佐用(さよう)町まで高速道路は使わずに一般道を走りました。中国自動車道の六日市の入口近くに、ゆらら温泉という温泉、プール付きの休憩と宿泊を兼ねた所で一休み(ロールケーキセットを飲食して。とても美味しかったです。)してから出発しました。20:00頃です。ゆらら温泉の施設は新しく1階建てですが大きく、とても立派なものでした。実は、津和野に戻る際にもここに立ち寄り、お土産物を売っているお店で六日市名物「錦華饅頭」を買いました。これもとても美味しかったです。
 真夜中、朝4:00くらいまで中国山地を走り続けていました。六日市から基本的には、中国自動車道に沿って一般道を進みました。六日市から県道16号線、国道434号、186号、191号、261号、433号、375号、183号、314号、182号、180号、181号、179号などの各線を通って(三次(みよし)市、新見(にいみ)市、真庭(まにわ)市、津山市を経由して。)、佐用町まで行き、ここから中国自動車道に入り、名神高速道路、京滋バイパス(この後、間違って第二京阪道路に入り、大阪方面に走ったので京田辺松井で引き返し、再び京滋バイパスに戻る。)、名神高速道路、新名神高速道路、東名阪自動車道、伊勢湾岸自動車道、東名高速道路、国道246号、255号線、県道72号線、国道1号線を通って、平塚に着きました。午前3時頃でした。大変に疲れました。今思うと、帰りの京滋バイパスは不要ですね。新見市内のローソン(午前4時頃)、津山市内のファミリーマート?(午前7時頃)、佐用町(午前11時頃)のローソンでそれぞれ1~2時間ほど休憩を取りました。また帰りの東名阪自動車道では鈴鹿市付近で交通事故の渋滞にまきこまれたので、鈴鹿市内へ下りて、ここでもローソンで1~2時間ほど休憩を取りました。ここを出発したのが午後7時過ぎで、次の休憩は東名高速道路を下りて沼津市内の食堂で食事をしました。(午前0時頃)そして帰宅しました。
 明日、早朝にまた九州に向けて出発しますので、今回のブログ記事はこの辺で終わらせて頂きたいと思います。
 それでは、引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第三章 真(まこと)の父母に似るための信仰生活と路程より)

(み言 はじめ)
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  第五節 真の父母を通して完成する路程
             ・
  心情関係
             ・
 7 堕落とは、真(まこと)の愛と真の生命、そして真の血統を失ったことです。誰が失ったのでしょうか。アダムとエバが完成しなければならなかったのですが、失ってしまったというのです。その完成とは何でしょうか。神様の愛と完全に一つになり、神様の生命と完全に一つになり、神様の血統と完全に一つにならなければなりませんでした。父子関係は血統でなければ結ばれません。神様の家庭がなかったというのです。

 8 真の愛は離れることができません。いつでも一つになっています。永遠に一つになっています。人間は、誰もがそのような真の愛を望み、願います。父母は、地獄にいても自分の息子、娘を考えます。父母が地獄にいながら、自分の息子、娘が地獄にいるといえば、自分の苦痛のために涙を流すのではなく、息子、娘のために祈りを捧げるのです。

 9 宇宙の中で、永遠、不変、絶対の真理とは、原因と結果、主体と対象です。これを人間社会に適用するならば、父子関係と夫婦関係がその核心です。一つは縦的な主体と対象の関係です。もう一つは、横的な主体と対象の関係です。この両者が次元の高い主体と対象の関係にありながら、縦に合わせたものが新しい主体となり、横に合わせたものが新しい対象になって、円満な授受作用を通じて渾然(こんぜん)一体となって立体化し、調和した球形運動に入った状態が、愛を中心とした力の作用であり、人間社会の基本単位である理想家庭のモデルなのです。このような意味で、愛を最も価値のあるものと認定せざるを得ないのです。

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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)

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車検が今日の午前中に終わりました。明日早朝に出発です。

 3/10(金)~13(月)までの旅程になります。3/10、11の両日は松江市内に宿泊し、3/12は津和野に宿泊の予定です。3/11まで山の方は氷点下(今度は2~4℃)の予想ですが、3/11の一日で三瓶山と上蒜山の両方に登る予定です。この度の寒さが3/11まで続くようで、その間に降った雪が解けずにそのままの状態であれば、歩き易い雪質だと思われます。(いったん解けてから再氷結するとアイスバーンになって滑りやすく危ないです。)積雪量はより海に近い三瓶山の方が少ないと思っています。どちらの山も岩場があるので、ストックよりはピッケル(初めて使いますが。)を使った方がいいかなとも思っています。予想天気図を見ると、3/11は山陰地方の上空に高気圧の中心が来そうで、良いお天気に恵まれると期待しています。衛星画像を見ても、晴天域が黄海から大陸にかけて広がっています。よくマージャン(私は弱いですが。)などで使われる言葉ですが、この日の一点狙い、ワンチャンス狙いですね。最初、三瓶山の近くにある国民宿舎さんべ荘に泊まろうとしましたが、満室のため松江市内のホテルにしました。天気予報を知って、皆さん多くの人たちが登るようです。日曜日は教会礼拝に参加の予定です。高速道路の料金を見たら、ものすごく高いのにびっくりしました。一般道をなるべく使って早く移動できればと思っています。来週はゴルフ観戦も兼ねて、市房山に登る予定です。
 昨日は海を見てきました。昨日も北東側や箱根山の方には、雪か雨を降らせている雲が湧き出ていました。海水を手で触ったら暖かかったです。サーフィンをしている人もいました。気温は10℃に届くか届かないぐらいだと思われますが、海水温は16、17℃くらいのように思われます。
 それでは、引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第三章 真(まこと)の父母に似るための信仰生活と路程より)

(み言 はじめ)
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  第五節 真の父母を通して完成する路程
             ・
  心情関係
             ・
 4 皆さんは、価値として見るとき、神様の六千年の心情と希望の存在である真の父母を迎えることができ、真の父母の子女として関係を結んで立ち上がれる立場にあります。ですから、皆さんの指と髪の毛の一本も歴史的なものであり、時代的なものであり、未来的なものです。すなわち、皆さんは、新しい時代の先祖として立つべき、厳粛な立場におかれているのです。

 5 皆さんは、神様の愛と、真の父母の愛と完全に一つにならなければなりません。その基準において心と体が真の愛で一つになり、父母が一つにならなければなりません。夫婦が真の父母と一つになり、神様と一つにならなければならないのです。それでこそ三代圏が生じるのです。
 心情的な三代の真の愛とは、神様の愛、真の父母の愛、その次には真の夫婦の愛です。そのようになってこそ、人間世界に初めて着陸するようになります。そのような立場を経ていかなければなりません。ですから、その場は自分の心と体が一つになり、夫婦が完全に愛し合って、完全な神様の愛と真の父母の愛と一つにならなければならないのです。

 6 皆さんは、故郷の地を求め、国を求め、地上、天上の永遠の天の国を求めるための伝統を、自分の一身で探し出さなければなりません。アダムが失ったものを、すべて自分の愛によって取り戻さなければなりません。それで、神様が創造した以上の心情をもって涙を流さなければならないのです。自分の血族に会って涙を流さなければならず、自分の故郷の山河を抱いて涙しなければなりません。そうして、本然の心情で愛の芽が芽生え、愛の花園に花が咲き、愛の実が実ることを願うのです。

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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)

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今夕出掛けた際にとても寒かったでした。寒の戻りとなっているようです。しばらくは春本番の陽気にはならないようです。

 秋田犬(あきたいぬ)ですが、あの渋谷の忠犬ハチ公は、秋田犬なのだそうです。ブログが完全に開かれるまで時間がかかりますが、このブログを参照して見て下さい。(URLアドレスhttps://wanchan.jp/osusume/detail/1969)まさに秋田犬は忠孝の道理を尽くす孝情の犬なのですね。
 先の清平での冬の特別大役事の時にちらっと聞こえたお話では、絶対善霊の数は5000億を超えているようです。いつか全体の霊人の数は9000億ぐらいと大母様がおっしゃられていましたので、もう善悪が交差して、善が優勢になっている時代に入っているのですね。まだ半分なので、今までと同じ苦労をまたするのかと思われるかも知れませんが、絶対善霊が半分もいますので、これまでとは格段(※1)に違うと思います。これからは加速度的に摂理が進展すると思われます。時代的恵沢ですね。他人を批判的に見ないだけで、お釈迦様のような境地、般若心経の境地になれる気が致します。というよりはさらに、2/21の私のブログにある天聖経のみ言に、
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 6 体は、人類の血肉の父母であるアダムとエバに似て生まれ、心は縦的な父母の血肉に似て生まれました。ところが、この二つが争います。なぜ争うのでしょうか。根っこが誤ったからです。
 これを和合するには、神様を絶対に信じなければなりません。祈る前に「神様は、私の縦的な父だ」と明らかにしなければなりません。死んでも生きても、神様の愛を中心として、直角の位置に立たなければなりません。直角の位置に立てば影がなくなるので、修行は必要ありません。影があるので、修行に励まなければならないのです。
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とあります(影がないことを正午定着と言っております。)が、影をなくすためにも、天地人真の御父母様による祝福が必須なのですね。お釈迦様のような境地では無の(雑念が無い状態の)心かもしれませんが、祝福により、さらに進んで神様のように愛したい衝動にかられる真の愛の心情になるのではと思われます。
 今週に車検を予定しています。その後、山陰地方に行く予定ですが、土曜日ぐらいまでは山の方は氷点下(2、3℃)のようです。アメダスで積雪深を見ると40~50センチメートルぐらいの積雪はありそうです。山陰の小京都と呼ばれている津和野にも寄れればと思っています。松江の教会にもお邪魔するかも知れません。(その時はよろしくお願い致します。)
 それでは、引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第三章 真(まこと)の父母に似るための信仰生活と路程より)

(み言 はじめ)
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  第五節 真の父母を通して完成する路程

 1 神様と真の父母と「私」は、復帰を完結するに当たって、なくてはならない存在です。神様を中心として真の父母になるべき人間の先祖が堕落したので、堕落の動機を越えるためには、三者が一致点を見いださなければなりません。神様のみ旨と、真の父母のみ旨と、私たちの志が一致しなければなりません。
 復帰というものを考えるとき、人間が神様の創造目的と一致する立場に到達してこそ、人類の目的も成就されるのであり、人類の父母として来られる主も、万民を復帰させたという基準を完成するのです。このように父母と子女が一つになることによって、神様のみ旨である本然の園を形成し、そこで父母と子女が永遠に分かれようとしても分かれることのできない家庭を備える時、初めて神様のみ旨が完結するというのです。

 2 アダムとエバが真の愛で完成することは、すなわち神様が実体をまとった希望が完成することです。そして、彼らが真の夫婦として完成することは、すなわち神様の絶対的な愛の理想の完成を意味します。次に、アダムとエバが善の子女をもって真の父母になることは、すなわち神様が永存の父母、すべての人の父母であられることを実際的に確定し、また人間の血統を通して子孫が繁栄することによって、天上天国の市民を無限に増やしたいという理想を成就するようになるのです。

  心情関係
 3 神様は、今まで、歴史を二つの形態によって広げてきました。一つはプラスであり、一つはマイナスですが、これが一つにならなければなりません。アルファとオメガが一つに終結しなければならないのです。
 真の父母から出発すべき歴史でしたが、人間が真の父母を失い、偽りの父母の子女になったので、真の父母を復帰して神様のみ前に再び出ていかなければなりません。そのようになるとき、平和の園が開放されるというのです。ですから、このような心情的な関係をもたない限り、皆さんは神様の息子、娘になれません。

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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)



※1:‘各段’から‘格段’へ修正致しました。(3/9 午後9時06分ごろ)

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昨日(3/1(水))は、秋田県にある日本二百名山の1つ、森吉山(もりよしざん、標高1,454.2メートル)に登ってきました。

 一昨日の2/28(火)は秋田県仙北(せんぽく)市にある角館(かくのだて)町に宿泊しました。行ってみて初めてわかったのですが、角館は「みちのくの小京都」と呼ばれているそうです。武家屋敷で有名なようです。翌朝、秋田内陸縦貫鉄道(秋田内陸線と呼ばれているようです。)に乗って、角館駅(6:45発)から阿仁合駅(8:09着)まで行きました。阿仁合駅(8:20発)から乗合タクシーに乗って森吉山阿仁スキー場の山麓駅(8:45頃着)に行きました。それから9:00頃にゴンドラに乗って山頂駅(9:20頃着)に行きました。そして6本爪の軽アイゼンを登山靴に装着し、2本のストックで出発です。今回もワカンを使いませんでした。トレースはよく踏み固められていて歩き易かったです。前日の方がお天気が良くてたくさんの人たちが登ったようです。(実はこれも狙って3/1に登ったのでした。)山頂までずっとこんな感じで歩き易かったです。感激!!頂上に着いたのが10:40頃です。風は少しありましたが日が差していたので、少しゆっくりできました。炭酸飲料を飲んで、11:00頃に下山開始、山頂駅に11:45頃着。山麓駅のレストランでラーメンとコーヒーを飲食して、13:00発の乗合タクシーに乗り、阿仁合駅に13:25頃着。それから元きた経路を戻り、秋田新幹線で上野駅に18:58に着、平塚駅には20:19頃に着きました。途中、秋田内陸線、乗合タクシー、阿仁ゴンドラは、森吉山観光パス【冬季】(残念ながら3/5までです。秋田内陸線の角館駅で購入しました。)を利用しました。平日で通常より1,500円お得とのことです。写真を見て頂ければわかる通り、南西方向から北東方向に薄い雲がかかり、頂上からの眺めは南東側はあまり良く見えませんでしたが、樹氷はしっかり見れて満足のゆく山旅となりました。
 森吉山の樹氷は、青森の八甲田山、山形の蔵王山とともに日本三大樹氷と呼ばれているそうです。(タクシーの運転手さんによれば昨年からだそうです。)世界でもこれほど大きな樹氷ができるのは珍しいそうです。樹氷のできる微妙な条件があるそうです。こちらのブログ(URLアドレスhttp://ameblo.jp/yusuke-m-akita/entry-12240544829.html)を参照してみて下さい。森吉山は花の百名山でもあります。ゴンドラにいっしょに乗った人によれば、森吉山は春、夏、秋、冬いつ来てもいいと言っておられました。秋の紅葉もいいようです。角館と共に、また来てみたいと思いました。近くに秋田駒ヶ岳や八幡平などの花の百名山や日本三百名山もいくつかありそうです。以下に今回の山旅に関する写真を掲載させて頂きます。

s_DSCN0611_内陸線列車.jpg
 秋田内陸線の角館駅にて。6:45発、阿仁合行きの1両編成の気動車です。

(※1)

s_DSCN0614_発車して車窓から.jpg
 列車の車窓から眺めた外の景色。途中の上桧木内(かみひのきない)駅付近の道路脇の温度計は、氷点下12℃を表示していました。

(※1)

s_DSCN0621_地図の上に観光パス.JPG
 地図の上の森吉山観光パス【冬季】。発売期間は3/5までです。

s_DSCN0631_阿仁合駅.jpg
 阿仁合駅に着きました。

s_DSCN0634_山頂駅気温.JPG
 標高1,160メートル、9:30頃のゴンドラ山頂駅での気温。氷点下3℃を指しています。森吉山頂上では、氷点下5℃ぐらいでしょうか。

s_DSCN0636_樹氷群.JPG
 登り始めてしばらくすると樹氷群が現れます。

s_DSCN0640_石森.JPG
 標高1,308メートルの石森という所です。

s_DSCN0643_阿仁合避難小屋.jpg
 しばらく進むと阿仁避難小屋が現れます。二階建てなのにほとんど雪に埋もれています。本当に積雪深は、3.5メートルはありそうです。

s_DSCN0644_森吉山望む.JPG
 阿仁避難小屋付近より、森吉山の山頂方向を望む。

s_DSCN0645_樹氷群3.JPG
 樹氷群です。

s_DSCN0646_樹氷群4.JPG
 引き続き、樹氷群です。

s_DSCN0649_樹氷群5.JPG
 通過した樹氷を振り返ってみる。

s_DSCN0653_山頂標識.jpg
 森吉山の頂上に着きました。山頂標識にも大きな樹氷ができています。樹氷が解ければ、標識のみになります。

s_DSCN0656_白神岳望む.JPG
 右側奥に白い頭を出しているのは、白神岳かも知れません。中央雲の下に見える白い境界線は日本海の沿岸だと思われます。

s_DSCN0658_登ってきた方向.jpg
 登ってきた方向を望む。

s_DSCN0659_田沢湖方面.JPG
 山頂より南側方向と思われる方を望む。薄くガスがかかっています。

s_DSCN0661_東北東方向-山人平.JPG
 山頂より、東側方向と思われる方を望む。こちらも薄くガスがかかっています。

s_DSCN0663_一等三角点-山頂部.JPG
 山頂部分を少し離れた所から望む。右側の盛り上がった部分は、一等三角点やケルンのある所だと思われます。

 それでは、引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第三章 真(まこと)の父母に似るための信仰生活と路程より)

(み言 はじめ)
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  第四節 真(まこと)の父母に従って成長する路程
             ・
  真の父母の代身者
             ・
 14 統一教会(現世界平和統一家庭連合)は、教会員を食口(シック)と言い、真の父母に侍る息子、娘と言います。
 しかし、出会うやいなや、世界のために出ていきます。夫と妻を結婚させて、東西南北に分けるのです。そのようにして、神様をもっと愛してみると、心情的に真の愛の主人公になったというのです。もし、地上で会えなくなれば、霊界に行ってその愛を見いだすことができます。これがどれほど素晴らしいかというのです。地上で出会って暮らしながら愛し合う以上の愛をもって、夫が「私」に仕えてくれ、父母と息子、娘が私に仕えるというのです。そのような人は、真の愛の主体になり、神様と同じ理想をもった完全な神様の代身者になるでしょう。

 15 皆さんは、真の父母の代身者、お父様の分身、お母様の分身、お父様の願いの実体、お父様の事情とお父様の心情の実体として登場しなければなりません。皆さんは、六千年間のお父様の希望的な実体、事情的な実体、心情的な実体として現れたのです。皆さんは、その願いを自分のもの、その事情を自分のもの、その心情を自分のものとしなければなりません。天に対してこの地にいる皆さんが行くべき道は、お父様の前に祭物になる道です。皆さんが責任をもたなければならないのです。

 16 人間の願いとは何でしょうか。息子、娘を生み、その息子、娘がサタン世界から迫害されず、天の国に直行するように育てる真(まこと)の父母になることです。しかし、そのようになれませんでした。真の息子、娘を生んで、天の国に直行させる「真の父母」の代身者になることが願いです。皆さんも良い息子、娘を生みたいでしょう? 世界でもっとも優れた子女を生みたいはずです。それができなかったのです。いかにそれを成し遂げるかが問題です。
 その次は、天使長が、神様の息子、娘であるアダム、エバを育てることができませんでした。いかに神様の息子、娘を育て、神様に必要な人として教育するかということが問題です。それで、皆さんは、熱心に働いて、国を代表する大統領の代身者になりたいと願い、その国の会社や行政省庁の主人になりたいと思うのです。真の主人になろうということです。これが私たちの三大所願です。
 一つは真の父母、その次には真の師、そして真の主人です。皆さんも出世してアメリカの州知事になりたいと思い、大統領になりたいと思います。その前に家の主人にならなければなりません。家庭の伝統を相続して、先祖に代わる、神様に代わる主人の立場に立たなければならないのです。
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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)



※1:車内の写真を削除致しました。(3/7 午後10時55分ごろ)


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庭の梅が7、8分咲きになっています。夏みかんは1個しかなっていません。ゆずは以前に比べて少ない感じもしますが、これが普通なのかもという気もしています。

 一昨日の日曜日は日曜礼拝に参席して参りました。その後、基台集会(12名ぐらいだったでしょうか。)にも参加してきました。基台はいくつかの区域が集まったものです。礼拝では、先週と今週に誕生日を迎えられた人の名前を字幕に発表しています。私の名前もありました。基台集会ではお誕生ケーキ(お誕生日を迎えた人は私も含めて4人もおりましたが、他の人たちもいっしょに皆で食べました。)を頂きました。食口の作ってくれたものです。パウンドケーキです。しっとりして大変に美味しかったです。それからご子息が御聖誕記念行事で、孝進様のご子女様方が歌われている後ろでドラムをたたかれていたという日韓家庭の方もいらしていました。音大を卒業されているそうです。私の目の前には教区長がお座りになられて、初めて少しお話しを致しました。山のお話しをしましたが、お父様も山を登られていたように、山は基本だとおっしゃられていました。百名山に興味がおありのようでした。出席されている皆さんは、年齢の割にはお若い感じです。ある人のお話しを聞いていて、心情復帰されて解放されていらっしゃるなあと感じさせられました。鍵となるものは、他人を批判的に見ないことだそうです。なるほどと思いました。確実に摂理は進んでいるようです。皆さん楽しそうにされていて、復興された感じがして、素晴らしかったです。
 私は今日は、秋田県にある日本二百名山の森吉山(もりよしざん、標高1,454.2メートル)の登山に向けて出掛ける予定です。ここもスキー場のゴンドラを利用するつもりですが、雪の深さが3.5メートル以上ありますので、登れるかどうかは行ってみないとわからない状況です。
 それでは、引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第三章 真(まこと)の父母に似るための信仰生活と路程より)

(み言 はじめ)
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  第四節 真(まこと)の父母に従って成長する路程
             ・
  真の父母の代身者
 11 私たちは、真の父母の代身者です。男性はお父様の分身であり、女性はお母様の分身です。すなわち神様は、男性と女性の二性性相の中和的主体としていらっしゃるので、男性は神様の男性性稟(せいひん)を身代わりして生まれ、女性は神様の女性性稟を身代わりして生まれたのです。
 本性において私たちの個体は、生まれる時から真の父母の肢体です。それで、イエス様も、「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である」(ヨハネ一五・五)とおっしゃいました。男性たちはお父様の肢体であり、女性たちはお母様の肢体であり、男性たちはお父様の肢体であり、女性たちはお母様の肢体であり、男性たちはお父様の分身であり、女性たちはお母様の分身です。ですから、神様が御覧になって、お父様の分身になることができ、お母様の分身になることができると思われれば、いくら離れていても、そこには神様の愛が宿らないわけにはいきません。お父様の事情とお父様のみ旨を中心として生きる人には、神様の心情が自然に連結されるのです。

 12 皆さんが創造主(しゅ)として、父として、真の主人としての責任を代わりに担うとすれば、どこに行っても天地が皆さんを助けるでしょう。皆さんは、絶対者の責任、父の責任、主人の責任をもたなければなりません。それに責任をもっていけば、絶対に排斥されません。
 今日、すべての人たちは、自分の行動と、自分の生命と、自分の心情に責任をもってくれる人を求めています。このような社会が理想社会です。責任をもって死を覚悟して進めば、同志がたくさん現れます。言い換えれば、皆さんが地域に出て行く時、生命を造られた創造主としての責任、父母としての責任、主人としての責任、この三つの責任をもたなければなりません。そうすることができなければ、絶対者の代身者、真の父母の代身者になることは絶対にできません。これさえもできなければ、存在世界から追放されるしかありません。責任をもてなければ、絶対服従で侍ることでもしなければならないのです。

 13 私たちは、休む時間がありません。先生と先生の家庭を中心として、復帰の構造がどのように拡大するかを理解しなければなりません。私たちがこのような形態によって、個人復帰、家庭復帰、氏族復帰などを経て、世界復帰の次元にまで至るようになれば、すべての国々、全世界が包容されて復帰の頂上のもとに入ってくるでしょう。ですから、皆さんもこの形態に従わなければなりません。そのようになれば、皆さんは、先生と真の父母と神様の代身者になるだけでなく、理想世界の理想的な夫婦の代身者になるのです。

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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)

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今日は落ち着いたお天気になっています。海を見てきました。目を休めるためです。

 海を見た後、視力が良くなっている感じがします。やはり遠くを眺めるのは目に良いようです。昨日(2/24)は、私の母方の方のお墓詣りに行きました。昨日は、時間が日の入り前の遅い時間になったため、お墓の場所の確認だけで終わりました。とても寒かったでした。車で行ったのですが、風が強くて、東北自動車道の高速道路で、車が20~30センチメートルぐらいもっていかれることが何回かありました。帰りは国道4号線(バイパス道路)を使って上京して、都内からは首都高速道、湾岸道路B線、横浜横須賀道路、逗子葉新道、国道134号線を使って帰りました。午前6時半頃に家を出て、帰宅は午前0時を少し過ぎた頃でした。日本3大饅頭(まんじゅう)の1つと言われている薄皮まんじゅうを郡山駅の店で買ってからお墓に行きました。東北自動車道からは男体山や女峰山が見えていました。真っ白ではなかったので雪は少ないように思えました。帰りの湾岸道路B線は夜景(午後11時頃でした。)がとてもきれいでした。おすすめの所です。朝も国道134号線沿いに行きましたが、鎌倉辺りの海では朝早くから、たくさんのサーファーがサーフィンを楽しんでいました。今までには見たこともないような大きな波が打ち寄せていました。サーファーの方も気象情報を注意深く聞いているようです。車内では山下達郎さんのCDを聞いていました。また今日は、モーターパラグライダーが海岸を飛んでいました。
 そしてその前の2/22日(水)には、岐阜県にある日本二百名山の1つ、大日ヶ岳(だいにちがたけ、標高1,709メートル)に登ってきました。平塚駅を朝一番の電車(5:31発)で出発し、岐阜駅まで普通電車を乗り継ぎ、11:04に岐阜駅に着。駅前のトヨタレンタカーでレンタカーを借りて、高鷲(たかす)スノーパークという所まで行きました。(12:50頃に着)そこのセンターハウス内のインフォメーションの受付で登山届の記入とSPゴンドラのチケット購入(1,200円)を済ませ、SPゴンドラに乗り7分くらいで山頂駅に到着。山頂カフェ「ポポロ」の建物の左脇から登山開始(13:15頃)し、山頂には14:15頃着。結構風があり寒かったので(風速7~8メートル、気温は氷点下2~3℃ぐらいでしょうか。)、5分ほどで引き返しました。山頂カフェ「ポポロ」の建物脇に戻ったのが15:00頃です。センターハウスに戻り、持ってきたよもぎ入り柏餅2個などを食しました。スノーパークを出発したのが15:50頃。レンタカー屋さんに戻ったのが17:25頃で、岐阜駅17:36発の電車にぎりぎりに間に合いました。普通電車を乗り継いで平塚駅に23:18着。大日ヶ岳の登山道の雪の深さは、深い所で50センチメートルぐらいでしょうか。途中トレースが薄くなっているところもありましたが、道に迷うほどではありませんでした。それでも、自分のトレースがなくなるほど、風で粉雪が舞っていました。地吹雪ですね。さらさらのパウダー状です。このこともあり早めの下山となりました。新雪が5センチメートルほど積もった感じで(もしかしたら地吹雪のせいかも知れませんが。)、とても歩きやすかったです。ヤマレコで、危険なアイスバーンの箇所があるとのことでしたが、この新雪でアイスバーンが隠されていました。逆に下がアイスバーンの方が固くなっていて足がズボズボ潜り込まず、楽に歩けました。お天気は周辺の山々には低い雲が湧いてきていて今にもお天気は崩れそうでしたが、大日ヶ岳山頂付近には雲がなく、それなりに眺望は良かったです。山頂付近には山スキーのツアーの方と思われる人たちが5~6名おりました。今回、装備にはワカンをもっていきましたが使わず、6本爪の軽アイゼンとストック2本ですみました。パークはスノーボーダー(の方が多かったです。)やスキーヤーで賑わっておりました。私は地味に山登りですが、スノーボード、スキー、サーフィン、モーターパラグライダーなど、自然と親しめる趣味はいろいろとありますね。また道路や海を走る車や船、空を飛ぶ飛行機などを操縦するのも楽しいですね。これらを行うにはいずれも気象情報は重要なものです。それで気象庁は国土交通省に所属しているのですね。
 それでは、引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第三章 真(まこと)の父母に似るための信仰生活と路程より)

(み言 はじめ)
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  第四節 真(まこと)の父母に従って成長する路程
             ・
  真の父母に従い、似る者となろう
             ・
 8 真(まこと)の父母はメシヤであり、真の子女はメシヤに似なければなりません。そのようになるためには、先生を中心として氏族的メシヤたちがそのように生きなければなりませんが、そのように生きることができなければ、問題が大きいというのです。霊界に行って先生が神様の審判の標柱になるでしょう。先生が百ならば、皆さんも百でなければなりません。父母は、自分の息子、娘たちが自分より立派になることを望むのが原則なので、そうでなければならないのです。

 9 先生だけが真の父母ではなく、皆さんも真の父母にならなければなりません。皆さんもやはり完成しなければならないのです。先生は大きな木になりましたが、皆さんは、大きな木の細胞のようにならなければならないという話です。大きな木である先生に似なければなりません。すべて種です。根本に似たのです。

 10 「私」個人は、神様に似なければならないので、再創造されなければなりません。心と体が歴史の戦場として、休む間もない苦海の路程を歩んでいるというのが、私たちの先祖が行く道であり、私たちが行く道であり、未来に連結された私たちの子孫が行くべき道です、この怨恨(えんこん)の巣窟(そうくつ・・・※ブログ筆者注)が分かるようで分からなかったのです。今は知ったので、これをしなければならないのです。
 天使長まで治める万物の霊長として、その権威を喪失していたのですが、自分の本然の位置を取り戻す立場に立てるためのものが、再び来られるメシヤ、救世主であり、真の父母様が世界の家庭を、世界の国々を一つの所に行くことができるようにするためのものが、祝福家庭であり、祝福行事なのです。
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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)



※1:‘50センチメートルくらい’から‘20~30センチメートルくらい’へ修正致しました。(2/25 午後11時32分ごろ)


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明日(2/22)夜から明後日(2/23)にかけて、またお天気は崩れるようです。春3番になりそうな風が吹く予想になっています。ただし、明朝は冷え込みそうです。

 強風が吹くと、結構部屋の中などがほこりで汚れたりします。今度の強風の後は、しばらくは強風が吹かないようですので、今度の強風の後でお掃除するといいかなとも思います。この間、洗車しましたが、かなりほこりで汚れた感じになってしまい、しまったと思いました。
 今、ボズ・スギャッグスのCD(BOZ SCAGGS Hits! 4 ハードタイムス、5 スロー・ダンサー、6 ハーバー・ライト、12 ウィア・オール・アローン、14 ロウダウンなどが良く記憶に残っています。私が大学生時代の頃です。)を聞いたりしています。絞り出すようにして出す高い声が悲しみをよく表しているような感じです。曲自体はカッコいいものも多いですが、つらそうな感じのものもあります。為に生きる人としては、このような悲しみをもっている人を助けてあげたいという気持ちになるのだと思います。憂いですね。愛の悩みだと思いますが、まさにサタンの偽りの愛による堕落から来る悲しみですね。真の愛の主体であられる神様と一体となられた天地人真の御父母様を中心とすれば、全ての問題を解決されると、お父様とも一体となられていらっしゃる天地人真の御父母様であられるお母様はおっしゃられています。最近のお母様の話し方を見てみますと、お父様に似た感じが致します。
 みなさん、福を多く受けた人たちが、悩みをもつということについては、みなさんが、以下のみ言にありますように、神様に似た者になるといいですね。贅沢な悩みかもしれません。この地球上には、貧しく困窮している人たちはたくさんいるでしょう。「天地人真の父母様定着実体み言宣布天宙大会」(最新版)のみ言(私の2012年7月6日のブログでご紹介済み。)に、
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 人類のための遺言
     ・
正午定着の人生は、影をつくらない人生だと言いました。私たち全員が発光体となって光を与える人生を生きれば、影が生じる隙間がありません。受ける者は、借りをつくる者です。皆様は、その借りを返すために、これから、かわいそうな貧しい人の涙をぬぐってあげ、暗い所を明るくしてあげる永遠の真の愛の発光体となる人生を生きるように願います。
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とあります。
最近、お母様は、「孝情(韓国語読みでヒョウジョンかな。英字で良くHJと表記されます。)」という言葉を使われています。孝子、孝女の道理を果たす心ですね。自分の親や師、先生、上司に感謝して、良く仕えることですね。恩返しをする気持ちに通じます。親孝行にも通じます。家庭の四大愛(父母の愛、夫婦の愛、兄弟姉妹の愛、子女の愛)のうちの一つ、子女の愛に相当します。最近、登った二百名山の金剛山一帯を本拠地にしていた、楠木正成(くのきまさしげ、太平記で有名なようです。)が孝子、忠臣の典型例だと思います。自分の命を捨ててまでも、後醍醐天皇を裏切らず、仕えて他界致しました。
 また、私の1/14のブログでの天聖経のみ言に以下のものがあります。
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 8 皆さんは、今まで祈る中で、そのまま天国に来ているかのような立場で父を呼び求めましたが、父が深刻な立場にいらっしゃり、父がかわいそうな事情にいらっしゃるように、「私」もかわいそうな事情にいなければならず、表現はできませんが、父のかわいそうな事情が私の事情としてお互いが心で感じられなければなりません。そして、「お父様、私にどんな悲しみがあっても、どんな困難があっても、御心配なさらないでください」と言いながら、子女としての道理を果たし、慰めてさしあげることができなければなりません。
 そのような一人がこの地上に現れなければ、歴史的な問題を解決する道がありません。私たちは、この上なく難しい立場に立っても、神様のみ前に同情を願うのではなく、神様に同情してさしあげることのできる立場に立たなければなりません。そのような関係によって歴史時代を経て、磨きに磨かれてきた結晶体がイエス様でした。
 しかし、イエス様がみ旨を成就できなかったために、再び来られる主が、そのみ旨を成就しなければなりません。そして、再び来られる主が行くべき道も、その道です。すなわち真の父母の道なのです。真の父母は、歴史的な希望の集約体です。神様が、全体を代表する歴史的な条件的実体として立てたお方が真の父母なのです。
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です。このみ言もご理解頂けましたら、うれしく思います。お父様、お母様は神様に対して孝子、孝女としての道理を果たされたのですね。
 それでは、引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第三章 真(まこと)の父母に似るための信仰生活と路程より)

(み言 はじめ)
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  第四節 真(まこと)の父母に従って成長する路程
             ・
  真の父母に従い、似る者となろう
             ・
 4 神様は、真の愛を中心とした、縦的な愛と生命と血統の父です。簡単に言えば、真の愛を中心とした父だというのです。縦的な父です。堕落していない人間は、その縦的な父に九〇度を合わせて完全に一つになり、横的な真の愛と、真の生命と、真の血統を中心として、神様と完全に合徳(和合)した父母の立場に立てる愛の相対だったというのです。
 神様の生命、神様の愛、神様の血統と、アダムとエバの愛、アダムとエバの生命、アダムとエバの血統が縦横に混ざり、喜びの中で、幸福の中で、満ち足りた中で人間が生まれたとすれば、皆さんの心は、神様のように永遠に縦的位置に立つのであり、皆さんの体は、アダムとエバのように九〇度を備えた真の父母の伝統的基準に一致して、自らが共鳴体になったでしょう。

 5 良心とは何でしょうか。縦的な真の愛の神様から受け継ぎ、縦的な父に似たものとして受け継いだ「私」です。ですから、良心はまっすぐだというのです。垂直です。それは、神様の愛と生命と血肉を受け継いだ、内的な位置にあります。そして、「私」の体は、本然の愛と本然の生命と本然の血肉が内外に和動する中で一体化できる、横的な真の父母の体を受け継いだ、外的な「私」だというのです。

 6 体は、人類の血肉の父母であるアダムとエバに似て生まれ、心は縦的な父母の血肉に似て生まれました。ところが、この二つが争います。なぜ争うのでしょうか。根っこが誤ったからです。
 これを和合するには、神様を絶対に信じなければなりません。祈る前に「神様は、私の縦的な父だ」と明らかにしなければなりません。死んでも生きても、神様の愛を中心として、直角の位置に立たなければなりません。直角の位置に立てば影がなくなるので、修行は必要ありません。影があるので、修行に励まなければならないのです。

 7 神様に似なければなりません。神様のようになっていなければならないのです。このようになれば、神様と自分が似ているので、自動的にプラスとマイナスとして一つになり、四方に爆発するのです。縦的な父母と横的な父母が一つに統一された愛で生まれたなら、皆さんの心は、神様の愛と生命と血肉を一〇〇パーセント受け継いでいたでしょう。
 また、そこに完全な理想的な相対である真の父母の愛と生命と血統を完全に受け継ぐのです。ここには、内的な神様と外的な神様が一つになっています。神様の心と体が真の愛によて統一されるのと同様に、私たちが真の愛の内的で縦的な真の父母、そして外的で横的な真の父母と一つになったその基準で生まれたというときには、絶対的な真の愛の圏内にいるので、私たちの心と体は一つになるのです。

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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)

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