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すでに昨日になりましたが、昨日も「フジサンケイクラシック」のゴルフ観戦に行ってきました。

 吉田弓美子選手がおよそ2年ぶり、ツアー通算6勝目となる優勝を飾られたのですね。とてもうれしい優勝おめでとうございます。昨年試合中に倒れられて、かなりの苦境に追い込まれてからのカムバックの優勝でしたのですね。現在も先週の試合からの、いつ棄権しようかというほどの背中の痛みを我慢しながらのプレーをされていたのですね。お釈迦様の境地のような状態だったのでしょうか。最終日の今日は、吉田弓美子選手、堀琴音選手、藤本麻子選手の組を観戦しましたが、3人とも素晴らしい打球でしたね。しっかり球を捉えている感じで力強い打球でした。体とクラブと球が調和が取れている感じ、打球も環境に調和している感じでした。吉田選手の17番のプレーはすごかったですね。私の周りの誰もがすごいと言っておりました。堀琴音選手は、13番のファーストパットから何か途切れたような感じがしたように見えましたが、いかがでしたのでしょうか。それからちょっと食事の摂取が頻繁な感じでしたでしょうか。藤本選手のティーショットの打球の出方も押し出されてくる感じで良かったですね。(手で投げてるような。)それから香妻琴乃選手もノーボギー、15~17番ホールまでの3連続バーディで、堀選手と同じスコアでベストテンに入ったのですね。良かったですね。
 それでは引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第四章 真(まこと)の父母の人生から見た信仰者の道より)

(み言 はじめ)
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  第二節 成就の人生
             ・
  摂理の秘密を明かす
             ・
 4 真の父母様のみ言(ことば)は、アメリカの憲法よりも貴いのです。真の父母様はただ一組です。今の時は、ただ一度だけです。過去にもなく、未来にもありません。真の父母様が、肉身をまとって実体として存在するのは今の時だけです。永遠の中でたった一度きりです。ですから、真の父母様が天の秘密をはっきりと教えるのです。これは隠された真理です。
 先生がそのような概念を、既に完成させておきました。そのような秘密の概念を教えるまでは、サタンがすべてのものを占領してきたというのです。しかし、先生が教えておいたので、もうすべてのことが明らかになりました。もうサタンが先頭で出ることはできません。神様も認めるのです。このまま従いさえすれば、完成するのに問題ないというのです。そのような教えです。

 5 見えないものであるほど貴いものであり、無限に浸透するものであるほど貴いものです。無限にために生きる神様の愛は、自分の生命を投入してもすべて忘れる愛です。ですから、生命の相対になれば、生命が突然、爆発的に復活する刺激を感じるのです。それで、聖書には「自分の命を救おうとするものは、それを失い、それを失うものは、保つのである」(ルカ一七・三三)とあります。「零」の立場にいなさい、何ももってはいけない、というのです。死んだ立場のように立っていなさい、というのです。
 先生が今まで、このような天理の歴史的な秘密を明らかにし、一生に適用して暮らしてみたので、世の中が「葬ってしまえ!」といくら騒いでも行くのです。それが問題です。迫害は、迫害する人たちから所有権を相続するための神様の第二の戦略戦術です。ですから、一生の間迫害を受けましたが、先生は疲れませんでした。見た目には何でもありませんが、天地大道(たいどう)の主人である神様には、誰よりも愛する息子です。迫害は、怨讐(おんしゅう)たちから所有権を復帰してくるための作戦なのです。

 6 人間は原理結果主管圏と直接主管圏の過程を経て完成しなければなりません。その過程で堕落したというのです。神様の愛を知らずに堕落しました。これは、神様とサタンだけが知っています。アダムとエバは知らないというのです。無知で堕落した人類始祖になったので、その過程で生まれたすべての人間は、この秘密の峠を越えることはできません。また教え導いてくれる真理のあらゆる経書も、それを明らかにできません。人類の父母になる人が現れて、これを明らかにしなければなりません。明らかにしようとすれば、天地の道理から、根本の歴史からひっくり返せる内容を理解しなければ、不可能です。

 7 全知全能の神様が、なぜ今まで悲惨な世界を造っておいて、手を出すことができずにいるのでしょうか。神様は、思いどおりにできません。命を奪うことはできません。命を奪おうとすれば、一瞬にして奪うことができる能力はありますが、これを処断することができず、手を出すことができません。そのような血族が残されたのが堕落の世界だということを、今日の宗教圏は分かりませんでした。
 真の父母の名をもって、霊界のすべての実情を詳細に知り、堕落の動機から神様の秘密、サタンの秘密まで掘り起こし、このようなものを明らかにした内容が「統一原理」です。これをもって、今、地上世界と天上世界に分かれて混乱状況にあり、相反的な歴史を形成しているすべてのものを和合させるために、霊界の根本の実情から地上の根本、人生の根本まで、すべて解消して連結させようとするのです。
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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)

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すでに昨日になりましたが、昨日は「フジサンケイクラシック」のゴルフ観戦に行ってきました。

 今週は、八紘嶺に登った後はまだ山には行っていません。今日行きたいところですが、今日もゴルフ観戦に行く予定です。堀琴音選手の組を中心に観戦しようと思っています。山に行かなくても、この川奈のゴルフコースはアップダウンが大きく、山登りの訓練にもちょうどいいかなと思っています。景色のいいコースでもありますね。(昨年の世界ゴルフ100選で64位となっている名コースですね。)天国が近づいてきている今、身の回りに起きている一つ一つ、すべてのことが、喜びと調和に満ちてきていることに気づきはじめている感じがします。(波の音や鳥のさえずり声など。)前回のブログの天聖経のみ言にありますように、目と耳と手がバラバラになっていなくて統一、調和がとれているといい感じになるのではと思われます。(そして例えば鳥の鳴き声を聞きながら、アドレス、プレーをしたりとかですね。)もちろんまだまだ堕落世界においては、蕩減復帰するための内容が多いですが。
 それでは引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第四章 真(まこと)の父母の人生から見た信仰者の道より)

(み言 はじめ)
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             ・
  第二節 成就の人生

 1 神様は、子女を求めて、万物を求めて、創造本姓の世界を実現しようと闘ってこられ、理想世界の主人に永遠で偉大な遺業を相続させ、万世無窮に喜びを享受しようとされました。神様は、悲しい中でも、私たちのために一層祝福してあげたいと思っていらっしゃることを知らなければなりません。
 ですから、皆さんは、「み旨の前に新しい息子、娘ですので、真の家庭としてお立てになり、真の夫婦として真の子女を備えた基盤の上で万物を主管する、この上なく大きな栄光の実体となるようにしてください」と言わなければなりません。したがって、許諾してくださった万世の栄光を享受できる真の子女となって、来られる真の父母を支えてさしあげる使命を果たさなければなりません。
 皆さんは、真の父母を安息させてさしあげなければならず、再び真の父母と皆さんが一つになって、神様を安息させてさしあげなければなりません。そうなる時、善であられる神様が、満天下の国王として、私たちの父として君臨するようになり、善の天国が地上に成就されるというのです。

  摂理の秘密を明かす
 2 リベカは、エバの立場で分かれた兄弟を一つにしました。それで、神側で家庭復帰することができました。ヤコブが長子権を復帰して、エデンの園で失ってしまった家庭を復帰したのです。リベカの腹中でヤコブとエサウが争いました。それで、リベカが神様に祈りながら「こんなことでは、わたしはどうなるでしょう」(創世記二五・二二)と言った時、神様がはっきりと教えたのです。「二つの国民があなたの胎内にあり、二つの民があなたの腹から別れて出る。一つの民は他の民よりも強く、兄は弟に仕えるだろう」(創世記二五・二三)と神様が答えました。それは長子が下がり、次子が上がることを意味していたのです。長子権復帰の概念が残っていたというのです。
 それは、タマルの場合も同じでした。タマルの腹中でペレヅとゼラも争うので、問題になってタマルが「なぜこのように争うのですか」と言いながら祈る時、神様が同じように返事をしたのです。「あなたの胎中に二つの国があるが、大きな国が小さな国に仕えるだろう」と答えたのは、復帰に関することでした。今までこれは秘密だったのであり、四千年以上、誰もその内容が分かりませんでした。神様とサタンだけが知っていたのです。
 サタンは偽りの父母です。神様が望むのは真(まこと)の父母です。真の父母は、本然のエデンの園で神様が望んでいた家庭の主人です。真の父母が現れて、神様の秘密とサタンの秘密を明らかにするのです。神様は、次子を通して復帰歴史を展開しますが、腹中まで訪ねていって復帰するのです。そうでなければ、神様の血統が定着できません。

 3 メシヤとして来たイエス様も、真の父母の名をもってきて死んでいったので、再臨しなければなりません。再びやって来て主人になるためのみ業をするのですが、それが正に、今のこの時です。先生がこの時に合わせて天地の秘密、神様が隠していた秘密、サタンが隠していた秘密、歴史的秘密、哲学者たちの秘密の谷をすべて解決したので、これを知るすべての人は、誰も否定することはできません。
 肯定的な天理によって、大きくても小さくても、教育を受けた人は、誰でもみな小学校を出れば小学校の卒業生になるのであり、中高等学校を出れば中高等学校の卒業生になるのです。天国に入城できる解放的基盤をもった天の息子、娘が生まれれば、彼らは、天の国の博士コースを通過したことになるので、天の国の大臣になり、息子、娘になれる道が、統一教会(現世界平和統一家庭連合)の教える道にないはずがありません。ですから、本当に誰にとっても必要な道であり、行くべき道なのです。

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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)

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今週中に再度、七面山に挑戦するかもです。

 そして週末以降は、石川県、富山県、岐阜県の県境にある日本二百名山の1つ、笈ヶ岳(おいずるがたけ、標高1,841.3メートル)に登る予定です。この山には登山道が無く、残雪期か冬期に登るしかないとガイドブックに書かれている期間限定の、日本二百名山の中でも超難関中の難関の山です。実は、昨年の4月下旬にも挑戦しましたが、途中の山毛欅尾山(ぶなおさん、標高1,365.1メートル)で撤退しました。昨年は雪が少なく、木々の枝(ブッシュ)が多く雪から出ていて歩きづらく、登頂を断念しました。今年は逆に雪が多いようですが、気温が急に高くなっているので、雪崩等も含めてちょっと心配です。この山は、標高差1,400メートル弱、歩程が13時間以上にわたる超ハードな山です。本当はテント泊できればいいのですが、まだそこまでの準備はできていません。ガイドブックにはさらに、雪山の経験を積んで入山しなければならないとあり、これまでいくつかの雪山を登ってきたのも笈ヶ岳のことをも意識してのことでした。七面山も長時間歩行に慣れるためでもあります。
 前週の女子ゴルフの試合は、西山ゆかり選手がツアー通算2勝目を飾られたのですね。とてもうれしい優勝、おめでとうございます。上田桃子選手が誠に無念極まりない思いをされたようですね。上田選手自身のおっしゃるように、明るい未来を信じて進んで行って下さいね。
 それでは引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第四章 真(まこと)の父母の人生から見た信仰者の道より)

(み言 はじめ)
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  第一節 召命の人生
             ・
  人類救済の人生
             ・
 29 救援を受けるべき私たちが、永遠の生命を求めて父の愛の中に抱かれるためには、あらゆる苦難と深い傷を踏み締めて立ち上がらなければなりません。今や、私たちは、家庭と社会と国家、世界が反対しても、それを踏み締めて立ち上がり、ただ神様のみ旨だけをつかんで立ち上がったイエス様の立場に立って、歴史的な死亡の氏族に向かって突進できる、天の精兵にならなければなりません。

 30 世の中で、決意なくして何かが成就されることはありません。闘うには、当然、正義に立脚して闘わなければなりません。サタンは、根本的に高くなることを願いますが、私たちは、それとは反対に、低くなって私の体と愛で闘っていかなければなりません。そして、ひたすら一直線でなければなりません。すなわち、一片丹心でなければならないというのです。
 「私」自身は砲弾なので、自分の耳と目と手が、それぞれほかの所にあれば滅びます。この闘いで勝利するためには、惜しむものがあってはいけません。人類を救援するためには、どんな犠牲をも覚悟するのが天の計算です。皆さんは、先祖たちの血痕が染みついた犠牲の祭壇を守って、神様の恨みを晴らさなければならないのです。
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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)

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昨日は七面山に登れませんでした。途中の八紘嶺(はっこうれい、標高1918.1メートル)までは登れました。

 自宅を4:50頃出て、八紘嶺登山口には7:25頃着。(平塚から西湘バイパス、箱根新道、国道1号線、沼津より新東名高速道路、新静岡より県道27、29号線を利用。)(※1)登山の準備や登山届の記入をしてから、7:40に出発。八紘嶺の頂上には、9:40頃に着きました。八紘嶺から七面山までは、標高1800~1900メートル前後の尾根が続くのですが、七面山に続く八紘嶺の北側斜面には踏み後のない積雪があり、アイゼンも持ってきていなかったので、七面山に行くのはやめました。地図上のCT(コースタイム)では八紘嶺から七面山までは往復7時間ほどかかります。八紘嶺の頂上までも、標高1800~1900メートル前後の尾根には積雪があり、歩きづらかったです。八紘嶺の山は、奥静岡(オクシズと呼ばれていて、奥大井、奥藁科(わらしな)、安部奥、奥清水の4つの地域があります。静岡市内のお話です。)のうち、安部奥のほぼ最北端に位置する山です。太平洋に流れ込む安部川の源流の1つに近い所にあります。安部川に沿って県道27、29号線(※2)が走っていますが、県道(※3)沿いに満開の桜があちこちに見られました。南寄りの風がやや強かったですが、気温は28℃の所もあって、暑苦しさを感じながらのお花見となりました。帰りの国道1号線の沼津(原)付近では、国道沿いに10Kmぐらい(かな?)の桜並木があり見事でした。梅ヶ島温泉付近には梅の花も咲いており、その他、黄色や赤い花などいろいろな花が県道27、29号線(※2)沿いに見られて、春を満喫してきました。途中、コンビニのファミリーマートでカスタードエクレアとコーヒを飲食しましたが、カスタードエクレアはなかなかおいしかったです。安部川は見た目もきれいな水でしたが、帰宅してネットで調べたら、国交省による「全国一級河川の水質現況」において、平成25年から3年連続で最良(平成27年は15河川。熊本県の球磨川も選ばれていました。吉賀町を流れる高津川は、平成18、19、22~25年。)に選ばれていました。オクシズの駅「安部ごころ」で水を飲みましたが、美味しかったです。七面山はまた近々、再挑戦したいと思います。
 それでは引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第四章 真(まこと)の父母の人生から見た信仰者の道より)

(み言 はじめ)
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  第一節 召命の人生
             ・
  人類救済の人生
             ・
 26 私たちは、堕落していない本然の園を再び回復していかなければなりません。堕落した人間であるがゆえに、落ちていないその本然の状態を取り戻し、神様を失ってしまった人間であるがゆえに、神様を失っていないその位置を取り戻し、人類の真(まこと)の父母を失ってしまったがゆえに、真の父母を失っていないその位置を取り戻さなければなりません。神様と理想の真の父母を中心とした平和の園において、子女として生活できる位置を求めていかなければならないようになっています。それで、これを成就するためにも、私たちには、新たに救援摂理という言葉が残されているのです。

 27 救援するために摂理される神様は、この地に対するあらゆる苦痛を傍観する無責任な立場では、この世を収拾できないので、堕落した世の中で人間が遭遇するあらゆる苦痛を、人間だけの苦痛として傍観するのではなく、直接その苦痛圏内に入って責任をもって対応していかれます。また、この悲しくて悲惨な歴史的な対応の路程の上に、神様が直接参与しなければ人類を救援できないので、人類の悲しい歴史に同伴して今まで闘ってきたのです。

 28 人類は真の父母を失いました。父母から生まれることは生まれましたが、真の父母の深く、高く、貴い愛をそっくりそのまま受けることはできずに生まれ、その父母と一緒には暮らせなかったのです。また、父母の立場にある神様は、子女を失うことによって望んでいた基準を達成できなかったので、長い歴史を抱きかかえながら、その目的を達成するために、今まで人類の背後で収拾してこられたのです。これが神様の救援摂理なのです。

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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)



※1:‘(平塚から~。)’を追加挿入致しました。(4/17 午後10時41分ごろ)
※2:‘国道29号線’から‘県道27、29号線’へ修正致しました。(4/17 午後10時41分ごろ)
※3:‘国道’から‘県道’へ修正致しました。(4/17 午後10時41分ごろ)

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今日で庭の剪定作業が終わりました。明日は登山に行く予定です。

 山梨県にある七面山に登る予定です。地図のコースタイム(CT)では、歩程が10時間以上に及ぶものですが、標高差は600メートルほどなので、これからのハードな山登りに備えてちょうどよい鍛錬になるかなと思っています。自宅から車で登山口(静岡県の梅ヶ島温泉側にある。)まで行きます。実は先月3/29(水)は、富山県にある日本二百山の1つ、金剛堂山(こんごうどうさん、標高1,650メートル)に登ろうとしましたが、途中の1346m峰を過ぎてから急斜面を横切るところで、雪崩が起きそうなので撤退しました。後から考えると本当は撤退をしないで進んでいかなくてはと思いました。それでも、はじめてワカンを使ったり、シリセード(滑り台を滑るようにお尻で山の斜面を下りていくもの。もちろんお尻を安全に滑らせることができるほど雪の量が多い所で。)をしてみたり、雪山の良い経験を積んだと思っています。私が登った後のヤマレコを見ると、私のワカンの跡(カンジキトレースと呼んでいるようです。ワカンは輪カンジキの略のようです。)が少しでもお役に立っているようでした。
 それでは引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第四章 真(まこと)の父母の人生から見た信仰者の道より)

(み言 はじめ)
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  第一節 召命の人生
             ・
  人類救済の人生
             ・
 22 先生は、世界と天地を生かすのです。天地は先生が責任をもつので、皆さんは、皆さんの一族を生かしなさいというのです。自分の兄弟を救援し、父と母を救援するのです。そこで天使長を屈服させ、真(まこと)の父母によって祖父母から孫と孫娘まで四代が一つになり、天の国に行くようにしてあげる責任があります。「私」が国家と全体を、天のみ前にお返しするのです。

 23 一片丹心、この大宇宙に心情世界を再び立てようとするのが救援歴史なので、その救援歴史の路程で、私がどの程度の材料になり得るかということだけを考えなければなりません。万物を材料とし、人類を材料とし、霊界の幾千万の聖徒を材料としなければなりませんが、私が動けば万物がどの程度まで動き、私が地上で叫ぶことがこの宇宙のどの範囲まで心情の反応を呼び起こすのかによって、天上における私の価値が決定されるのです。イエス様が死ぬ瞬間の悲しみは、天に反映され、万宇宙に繁栄されました。このためにイエス様は救世主です。心情の救世主なのです。

 24 皆さんは、個人のある欲望を満たすために努力するのではなく、より大きな目的のために犠牲となり、奉仕する信仰生活をしなければなりません。そうして、ただ神様のみ旨と人類のために苦労されたイエス様の心情基準まで行かなければならず、今まで苦労してこられた神様の切ない心情を慰労してさしあげる、神様の真の子女の立場まで行かなければなりません。
 今日、皆さんは、不義を見れば憤慨する心をもち、また与えたいと思う神様の愛の心をもち、この世の果てにまで行って、神様の国と神様の義を探し立てるために苦労しなければなりません。さらには、今まで人類を救援するために悲しみの中で苦労してこられた神様の心情を、慰労できなければなりません。

 25 神様は、堕落した人類を抱きかかえながら、救援摂理をするために無限に努力してこられました。人間が罪悪に陥っている時、人間を訪ね、人間のために生き、人間に福地を紹介するために苦労された方がいるとすれば、その方は、私たちの愛する父母でもなく、何かの情関係で結ばれている子女や夫婦でもありません。また、国家でもなく、どんな聖人、賢人でもありません。それは神様なのです。

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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)

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今日も庭師の方が来て下さり、午前中だけ剪定作業を行ってもらいました。登山は延期致しました。

 明日も剪定作業を行って頂く予定になっています。明日で作業は全て終えるかも知れません。今度の登山は日曜日以降になります。登る山も変わって次の山は、岐阜県と福井県の県境にある日本二百名山の1つ、能郷白山(のうごうはくさん、標高1617.4メートル)になるかも知れません。登山にベストな条件、状況の時に山に行くのが良いですが、摂理的に切迫した状況ですと、多少、気象条件等が悪くても登山しないといけない場合も出てくるようになると思います。
 前回までの山旅で長距離ドライブとなりましたが、長い時間、同じ姿勢で座っていると腰のあたりが圧迫されて血流が滞(とどこお)ってしまうせいか、しばらく腰痛がありました。これは、マージャンをする時にも言えますね。ゴルファーの方々等、これらの腰に良くないことをする時には注意が必要ですね。
 私は今、登山をしていますが、これは自然の美しい光景を見たりして満足する自分(個人)の目的もありますが、より大きな(全体)目的として、その土地に関係した(因縁を持つ)霊人達の解放、釈放を通して国のため等にも役に立てればという思いもあります。原理講論にある二重目的ですね。(原理講論第一章 創造原理 第三節 創造目的より)みなさんも自分自身(個人)だけではなく、より大きい全体のための目的を強く持って臨むといいですね。そうすれば思いが叶うようになるのではと思います。(全体目的はより大きければ大きいほど良いですね。例えば、天聖経のみ言によく出てきます家庭のため、氏族のため、さらには国のためとか世界のためですね。さらには、メシヤ(天地人真の父母様)、神様の願いを成就するためが一番いいですね。)そのためには努力も必要ですし、欲心をもって自分を振り返らずに行うことが何よりも大事になると思われます。
 このたびの御聖婚57周年記念行事で、真のお母様が語られましたように、南北問題は天地人真の父母様のみが解決できますとおっしゃられています。ぜひとも南北両国をはじめと致しまして、南北問題に関わる全ての国々、方々におきまして天地人真の父母様に侍られて解決されますことを切にお望み申し上げます。
 それでは引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第四章 真(まこと)の父母の人生から見た信仰者の道より)

(み言 はじめ)
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  第一節 召命の人生
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  人類救済の人生
 19 宗教が志向すべき最後の目的とは何でしょうか。もちろん、個人救済の目的を主張することも一理ありますが、それよりももっと進んで家庭を救わなければなりません。まず家庭を取り戻し、安住圏に属している人間を罪悪の中から解放させなければなりません。真の意味で歴史を代表し、時代を代表し、未来を代表する家庭を取り戻さなければなりません。
 また世界人類が共に喜ぶことができる家庭の基盤と、家庭が行くべき正道の基準を拡張しなければなりません。その家庭の正道がどこから出発し、どこに行くべきなのか、ということが決定されなければならないのです。そのようにならない限り、この地上に平和の世界を創建することはできません。外的なものがいくらきちんと形成されたとしても、内的な家庭においては破綻することもあり得るというのです。

 20 いくら台風が吹き、いくら受難の道が幾重にも横たわっているとしても、愛の馬を走らせるにおいては敵がなく、遮る者はいません。父母が子女を愛する道を遮ることはできません。力で遮ることはできないのです。どんな手段方法でも遮ることはできません。妻を愛する夫、夫を愛する妻の愛を、何をもってしても遮ることはできません。ですから、愛は偉大なのです。
 国を愛する愛国者の行く道は、どんな力でも、何をもってしても遮ることはできません。買うこともできず、売ることもできません、天理の道理を明らかにしていく聖者の行く道において、人類を救済し、人類を愛することを遮ることはできないのです。

 21 神様が滅びていく世俗的な世界に対峙(たいじ)させるために統一教会(現世界平和統一家庭連合)を立てたので、この統一教会(現世界平和統一家庭連合)は、対抗できるあらゆる内容を備えなければなりません。
 中心のない世俗的なこの世の中で、落ちていくこの現実世界で、それを防げない悲嘆の環境を迎えたこの人類は、絶望に遭遇しています。反面、これに対峙して、落ちるのと反対に、無限に向上できる一つの道を準備しなければ、人類を救済してきた神様のすべての摂理が中断されてしまうというのです。

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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)

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木々が雨で濡れたりすると剪定作業はできなくなるそうで、昨日は夕方から降り始めた雨で剪定作業は早めに切り上げることになりました。

 一昨日の火曜日も雨で剪定作業ができなかったので、今日、代わりに作業をしてもらっています。松の木(背丈は2~3メートルぐらい)は結構時間がかかるものなのですね。大体平均して1日2本の割合でしょうか。大小合わせて6本ほどの松の木があり、松の木だけでも全て終えるのに3日以上はかかりそうです。
 私も野菜が不足気味なのですが、最近はバナナに加えてイチゴもよく食べています。小粒でも5個ほど食べれば(そのまま生のまま。緑のへたの部分は取り除いて水洗いはします。)、かなり満腹感に満たされます。これも一度の食べ過ぎは良くないかもです。
 昨日近くの学校の敷地にある夜桜が満開でした。花の中央が赤くなっていたので、そろそろ散り始めるのではと思います。庭の梅の木に小さな梅の実ができ始めています。
 ところで昨日は天地人真の御父母様の御聖婚57周年記念行事があり、インターネットでも生中継されていましたが、真の御父母様の愛を直に感じました。有り難いことです。お母様のみ言の中で、自分を振り返るということをおっしゃられていましたが、やはりお母様もお釈迦様と同じ境地でいらっしゃるのだなあと感じました。いつも為に生きる対象を思って、愛したいという気持ちでいらっしゃるのだなあと感じました。以下の天聖経のみ言、項番18の'公的な自覚'というのは、まさに孝情の心のことだと思います。みなさんの救いの道は、天地人真の御父母様による祝福を受けること、そうして血統転換をすることですね。
 そういえば、女子ゴルフの方は、前週は、台湾のテレサ・ルー選手が優勝されたのですね。うれしい優勝おめでとうございます。ミセスとなって初優勝をされたのですね。ミセス初優勝と言えば、私が市房山に登らなかった時の「アクサレディスゴルフトーナメント in MIYAZAKI」で、若林舞衣子選手が優勝されたのですね。うれしい優勝おめでとうございます。お二人とも、ホールインワンを試合中に達成されているのですね。韓国のアンソンジュ選手もミセスで開幕戦を優勝されているのですね。こちらもうれしい優勝おめでとうございます。既に6試合が行われていて、半数の3試合がミセスの方が優勝されているのですね。他の3試合は、韓国の全美貞選手、菊池絵理香選手、韓国のイミニョン選手の方々が優勝されているのですね。改めまして優勝おめでとうございます。イミニョン選手は、日本のツアー初優勝で、腎臓ガンを克服されていらっしゃるのですね。素晴らしいですね。
 私の方は、直近の天気予報次第ですが、明日また登山に行く予定でいます。山梨県にある日本二百名山の1つ、七面山(しちめんざん、標高1,989メートル)を考えています。南側の梅ヶ島温泉の方(静岡方面)から登ろうと思っています。もしかしたら、長野県にある日本二百名山の1つ、黒姫山(くろひめやま、標高2053.4メートル)になるかも知れません。
 それでは引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第四章 真(まこと)の父母の人生から見た信仰者の道より)

(み言 はじめ)
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  第一節 召命の人生
             ・
  使命の自覚
             ・
 16 皆さんは、自分自身を知りませんでした。そうこうするうちに、み旨を知るとともに、自覚の心情をもってこの門をたたいてきました。皆さんは、「歴史を経て、時代を過ぎて未来を開いていく私だ」ということを自覚しなければなりません。自分自身で自覚しているようですが、実際は神様が私を自覚させているのです。
 きょうの私が自覚した姿をもつために、数多くの預言者や烈士たちが血を流し、今も背後で、自覚した私になることを願っています。ここにおいて再び歴史を台無しにし、台無しにし続け、さらに台無しにする可能性のある自分だということを感じなければなりません。「歴史的な幼いアダムとエバの恨(ハン)を両肩に背負い、現実と未来にまでも責任をもつべき私だ」ということを自覚しなければならないのです。

 17 統一教会(現世界平和統一家庭連合)は、何をするためにこの世に現れたのでしょうか。罪を悔い改める道を教えてあげるために現れました。罪を悔い改める道を教えてあげようというのです。そのためには、信仰によって救いを得るという内容はあるのですが、どのような自覚をしなければならないのでしょうか。世界を代表した自覚をしなければならないのです。
 男性も世界を代表した自覚をしなければならず、女性も世界を代表した自覚をしなければなりません。歴史的な勝利の祭物にならなければならないという自覚、時代的な勝利の主体にならなければならないという自覚をしなければなりません。メシヤの命を奪ったので、自覚しなければならない立場において、亡くなったその方の前で私が死んで蕩減(とうげん)し、その方の哀れみが私に及ぶことによって、彼と共に復活の栄光に参与しようという心をもたなければなりません。そうでなければ、天国に入ることはできないというのが原則なのです。

 18 自覚です! 堕落とは、個人を中心として自覚したところから出発しました。今からは、蕩減復帰して、自分を中心としたものではなく、神様の家庭を中心とした自覚がなければなりません。そこから新しい理想世界が生じるのです。そのようにするには、血統が問題です。人類はそれを、今まで知りませんでした。先生が地上に現れ、詳細に解明してあげることによって、初めて分かるようになりました。
 そのようにして理解した自分は、自分の存在圏と関係がありません。革命的にひっくり返して、新しい父母を中心とした新しい家庭が出てこなければならず、その家庭は、今のように個人を自覚した立場で堕落したものとは違います。これは、公的な自覚の上に立っているので、心と体が争うことがないのです。
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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)

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今日は庭師の方に来ていただいて、庭の木の剪定(せんてい)作業をしてもらっています。庭の椿の花はかなり散ってしまいましたが、ハナモモの花が9分くらい咲いています。

 ハナモモは、昨年は細かい花が枝にびっしり付くように咲いていましたが、今年は大き目の花がまばらに咲いている感じです。年によって花の咲き方が変わるのですね。
 明日はこちらでは(※1)また冷たい雨になりそうです。体調管理にはお気をつけられて下さいませ。
 摂理的に切迫した状況を考えると、一度登頂した山は後回しにしてもよいかも知れませんね。上蒜山もまだ雪が残っているうちにまた挑戦するかも知れません。まむしも神様に愛されていると思えば、それほど怖くは思えず、かえって可愛らしくも思えますね。同じ神様に愛されている者として、仲良くできるのではという思いになりますね。
 昨日は、教会に行って真の父母経を伝授されて参りました。日曜礼拝の説教は教区長からのお話でしたが、実体という時は、自分一人ではなく相手もいて成り立つというようなことをおっしゃられていました。神様の造られた被造世界はペアシステムだからかなと思いました。
 それでは引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第四章 真(まこと)の父母の人生から見た信仰者の道より)

(み言 はじめ)
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  第一節 召命の人生
             ・
  使命の自覚
 13 先生は、一つの峠を越えるのがどれほど大変だったか分かりません。誰かが一言語れば、いつでも百世、千世、あの世に行っても痛哭(つうこく)する心がしみ込んでいる人です。先生が神様に「文鮮明(ムンソンミョン)が来ました」と言う時、神様も切なる心情で我知らず、千万の階段を飛び降りてきて、首を抱いて痛哭しつつ、「よく来た!」と言いながら、「アダムとエバのために痛哭したが、やっと帰ってきた」という喜びの涙を流し、息子を抱いて千万の階段を上がって、座っていた王座に再び座り、「み旨が成就した。アーヂュ!」と言う神様の声を聞くまでは、死ぬことができません。やらざるを得ないのです。それが真(まこと)の父母が行くべき鉄則の路程でした。皆さんの一生の路程において、その記念の基準を中心として残される贈り物を準備して天のみ前に持っていかなければなりません。そうしてこそ、父母様の近くに行き、苦楽を共にしたとして相続権を受け、天上世界の系列の責任者に立てられることを間違いなく理解して、責任ある生涯の道を行かなければならないのです。

 14 自覚が必要です。自分自身に対する自覚、自らの環境に対する自覚、国家に対する自覚、世界に対する自覚、をしなければなりません。このように新しい世界観を中心として新たに自覚し、すべてのことを清算して越えていくところでアベルの立場が決定されるのです。アベルの立場を決定すれば、カインを必ず屈服させ、神様に侍らなければなりません。そうすることで、皆さんは、天国に行ける個人になることができ、天の家庭、天の国家、天の世界、すなわち天国を築く個人になることができます。

 15 自分を歴史的な罪の結実と見なければなりません。氏族なら、そのような氏族と見なければなりません。氏族は、現実から見るとき、国家と見ることができます。現実のあらゆる民族と関係しているのです。数千代の氏族の根を受け継いでいるので、それを延長して、平面的に見れば国になります。
 ですから、「私」は国や民族の罪に責任をもつべき罪の子孫です。私は民族が受ける罪の代価を代わりに払わなければなりません。世界の罪を、現在に払うべき罪の代価を私が代わりに払わなければならないというのです。このような自覚をしなければなりません。それがメシヤとして来られたイエス様が感じた道です。私が生きればこの世が生き、私が死ねばこの世が死ぬという境地まで、そのような自覚をした段階まで進まなければならないのです。

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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)



※1:‘こちらでは’を追加挿入致しました。(4/11 午前1時31分ごろ)

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もうすでに一昨日になりますが、(※1)山旅より帰宅しました。今回の山旅は、奈良県にある日本二百名山の釈迦ヶ岳(しゃかがたけ、標高1800メートル)だけ登頂に成功しました。

 3/31(金)の8:00頃に自宅を出発し、前回と同じく静岡まで国道1号線で行き、静岡から東名高速道路、名神高速道路を使って京都まで行き、京都から国道9号線で蒜山高原まで行きました。宿泊施設には午前0時前に着きました。(遅過ぎて、ちょっと怒られました。確か福知山辺りで事前に1回Telを入れてありました。午後9時頃。(※3))京都市内を抜けるのに退社時間の18時頃だったので、混んで時間がかかりました。もっと早く出発すればよかったです。翌日(4/1)、上蒜山に登り始めましたが(登山口を8:50頃出発)、積雪量が多く(深い所で1メートルくらい。)、尾根伝いの危ない雪庇(せっぴ)の近くを通ったりするので、槍ヶ峯の手前で撤退しました。11:30頃です。雪庇に割れ目が広がっており、暖かくなって崩れ落ちたら大変です。アイゼンもワカンも使いませんでしたが、(※4)雪山登山の経験を積むにはちょうどよかったです。今度、上蒜山に来る時は無雪期になると思われます。毒蛇のまむしのいないルートで、上中下の各蒜山を縦走することになるかも知れません。
 その日は徳島市内のホテルに宿泊しました。同じホテルの部屋で連泊しました。翌日(4/2)の天気予報を見たら、真冬並みの寒気が上空に入り込んでくるということで雷に遭うかもしれないので、三嶺の登山は断念しましたが、登山口までは車で行ってきました。翌日(4/2)11:00頃に徳島市内を出て天狗塚登山口(場所はイザリ峠。標高1,130メートル(※5))まで行こうとしましたが、またしても道路の雪に阻(はば)まれ、登山口まで歩いて15分程の所で停車。徳島市内から阿波池田までは国道192号線、阿波池田から国道32号線に入り、さらに大歩危(おおぼけ)から国道439号線に入って、九鬼(くき)という所から林道に入りました。途中、道の駅「大歩危」で平家の落人が食べていたという祖谷そばを食べました。美味しかったです。林道に入る頃から雪がちらちらと降ってきました。イザリ峠まで歩いて16:50頃に到着。上蒜山、三嶺ともまた車で来てみたいです。この祖谷の山里には、平家の落人が住んでいた茅葺(かやぶき)の民家に宿泊(ステイ)できるツアーが用意されているそうで、早朝に雲上の絶景が眺められるそうです。この辺りは日本のチベットとも言われているそうです。帰りは林道途中の分岐点で方向を誤り、九鬼ではなく保命橋(ほめいばし)を渡って国道439号線に出ました。救われたのでしょうか。
 そして、翌朝(4/3)5:35発のフェリーに乗る予定が、ホテルの駐車場が6:00から開場することをホテルを出る時に知り、かなり車の出庫に時間がかかり、さらに南海フェリーの港に行くのに夜明け前で暗くて道案内の看板が見えず、通り過ぎて迷ってしまい、結局5:35発のフェリーには乗れませんでした。南海フェリーの会社に電話してもなかなかつながらず(6~7分くらいかな。5:04頃)、電話がつながっても、こちらは和歌山側ですと言われて、ガンガラガ~ン!徳島側に電話して(こちらもつながるまで3~4分かかりました。5:16頃)、次の8:00発のフェリーに変更しました。和歌山港に着き(10:15頃)、国道24号線(途中、京奈和バイパス利用。)に入り、五条(日本一の柿の産地だそうです。)で国道168号線に入り、旭橋という所から林道に入りました。太尾登山口を目指しましたが、またまた雪に阻まれて、登山口まで歩いて10分程の所に車を停めました。登山口を14:05頃出発。山頂に16:30頃に着。風が風速10メートル/秒くらい吹いており、日没時刻(18:30頃)も迫っており、5分ほどして下山開始。山頂からの眺望は大峰山脈中屈指と言われる通り、素晴らしい眺めでした。再び登山口に戻ったのが、18:15頃です。雪の深さは深い所で50~60センチメートルぐらいあったでしょうか。軽アイゼンを使いました。(※6)この近くの大峰山(千日回峰行で有名な山上ヶ岳(さんじょうがたけ、標高1,719.4メートル、日本三百名山の1つ。)だと思います。)は福岡県の英彦山や山形県の羽黒山と並んで、日本三大霊山と言われています。山上ヶ岳から八経ヶ岳(はっきょうがたけ、標高1,915.2メートル、日本百名山の1つ。大峰山(おおみねさん)と言う時、普通、八経ヶ岳を指しているようです。)、釈迦ヶ岳あたりの大峰山系全体がパワースポットではないかと思われます。私も今回の釈迦ヶ岳の登山後、眠気が覚めたような疲れ、だるさのない元気さがあります。これらの3つの山を通る尾根伝いの道は、世界遺産に登録された大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)の一部を構成しています。林道を上ってくる時に猿と鹿を見かけました。鹿は同じところで、帰りにも見かけました。登山道でも途中で見かけました。色は九州の鹿よりも黒く白い斑点がありました。これが本当の子鹿なのかな。このへんのクマさんは冬でも冬眠しないそうです。お寒い中、クマゴローさんコンニチワ状態がありそうです。帰りは来た道を国道24号線まで戻り、国道24号線は奈良方向に進み、大和郡山付近でさらに国道25号線(名阪国道)に入り、亀山から前回の帰り道でも使用した東名阪自動車道に入り、伊勢湾岸自動車道、東名高速道路を通って静岡まで行き、静岡から国道1号線を使って自宅に戻りました。途中の亀山のサービスエリアで、1:00~7:00頃まで車中で休憩を取り、自宅に着いたのが13:30頃だったと思います。今回はあまり疲れを感じず、すっきりした感じがあります。
 フェリーの出発日の4/3の朝5:40に基台長から、携帯メールで以下のメッセージが送られてきました。(フェリーに乗り遅れた直後)
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  おはようございます。光言社からの今日のみ言
 「摂理を前にしたとき、明日というのはありえません。きょう、勝利しなければなりません。」真のお母様
  きょうも一日、お元気でお過ごしください!
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 どれだけ切迫しているかですね。私も死生決断の思いで太尾登山口を出発致しました。
 以下に、今回の山旅の写真を掲載させて頂きます。

s_DSCN0773_上蒜山稜線上より蒜山高原(1).JPG
 上蒜山登山中、登ってきた稜線を振り返りながら、蒜山高原を望む。

s_DSCN0774_上蒜山稜線上より蒜山高原(2).JPG
 同じく、稜線の左側に蒜山高原を望む。

s_DSCN0775_上蒜山稜線上より山肌.jpg
 同じく、さらに隣の尾根の山肌を望む。

s_DSCN0776_上蒜山稜線上より皆ヶ山.JPG
 同じく、尾根と反対側、稜線の右手(※7)方向に、皆ヶ山(みながせん、標高1,159.4メートル、右側中央高い山かな。(※8))を望む。

s_DSCN0777_上蒜山稜線上を歩く(2).JPG
 同じく、前方稜線を望む。本日は私が最初の登山者のようです。

s_DSCN0778_上蒜山稜線上より蒜山高原(3).JPG
 さらに標高を上げて、尾根越しに蒜山高原を望む。

s_DSCN0779_上蒜山稜線上を振り返る.JPG
 同じく、登ってきた稜線を望む。

s_DSCN0780_上蒜山稜線上-槍ヶ峯望む-引返し.JPG
 さらに進んで、おそらく槍ヶ峯(標高1,060メートル)を望む。ここで引き返します。

s_DSCN0783_上蒜山登山道-蛇の冬眠跡.JPG
 下山して牧場の登山道にて。まむしが冬眠した跡かも。

s_DSCN0784_上蒜山-道の駅「風の家」.jpg
 前回と同じ道の駅「風の家」にて。積雪量は前回よりはかなり減っています。

s_DSCN0785_三嶺-天狗塚登山口.JPG
 こちらは、四国の三嶺の天狗塚登山口(場所はイザリ峠。標高1,130メートル(※9))です。まだ雪はかなりありそうです。

s_DSCN0786_三嶺-停めた車-Uターンできる所まで引き返す.JPG
 Uターンできる所まで引き返して停めた車。

s_DSCN0788_三嶺-祖谷渓谷を挟んで対峙する山.JPG
 祖谷渓谷を挟んで、三嶺に対峙する山々。右側に発達した積雲系の雲(雄大積雲)が。その下では、雪や雨が降っているようです。

s_DSCN0789_三嶺-林道上の落石.JPG
 林道上に落石が転がっています。かなり高い頻度で落石が見られます。釈迦ヶ岳の太尾登山口に行く林道も同様でした。まさに命懸けですね。(※2)

s_DSCN0794_釈迦ヶ岳-山頂に立つ釈迦銅像.JPG
 いきなりですが、釈迦ヶ岳の山頂にあるお釈迦様の銅像。ヤマレコによれば、"大正13年(1924年)に「鬼マサ」の異名で知られていた岡田雅行(1886年 - 1970年 身長188cm 体重約120kg)という強力(ごうりき)が、たった一人で道をつくりながら、3分割して担ぎ上げたと伝えられる。"とあります。千日回峰行にしても、パワースポットのパワーのなせるわざかもですね。元気になってしまうのでしょうね。徳島発祥のオロナミンCみたいですね。天国人はそうなのかもですね。(※10)

s_DSCN0795_釈迦ヶ岳-頂上より東方面.JPG
 釈迦ヶ岳山頂にて。登ってきた方向とは反対方向(東北方向)を望む。足跡がありません。もう夕方なのに、今日は私が登頂一番乗りのようです。

s_DSCN0796_釈迦ヶ岳-頂上より東南方面.JPG
 釈迦ヶ岳山頂にて。東南方向を望む。

s_DSCN0797_釈迦ヶ岳-頂上より大日岳.JPG
 釈迦ヶ岳山頂にて。南方におへそのように突き出た大日岳を望む。

s_DSCN0799_釈迦ヶ岳-頂上より南方に続く大峰奥駈道.JPG
 釈迦ヶ岳山頂にて。南方に大峰奥駈道のある尾根を望む。釈迦ヶ岳山頂から大日岳を経由して少し左回りをして尾根に続いています。左側の木が視界を遮ってわかりづらくなっております。

s_DSCN0800_釈迦ヶ岳-登ってきた尾根.JPG
 釈迦ヶ岳山頂にて。こちらは、登ってきた尾根です。

s_DSCN0801_釈迦ヶ岳-登ってきた登山路.JPG
 釈迦ヶ岳山頂にて。上ってきた登山路の方向。トレースはありましたが、今日のではないようです。

s_DSCN0804_釈迦ヶ岳-一等三角点.JPG
 釈迦ヶ岳山頂にて。手前に一等三角点。山岳密教の山らしく、山頂標識の隣に錫杖が立っています。右側奥に見えるのが八経ヶ岳だと思います。

s_DSCN0805_釈迦ヶ岳-頂上近く大峰奥駈道分岐点.JPG
 頂上近くに大峰奥駈道へ進む分岐点を示す標柱があります。(※11)

s_DSCN0807_釈迦ヶ岳-下山時振り返る.JPG
 下山時、釈迦ヶ岳を遠くに振り返る。

 それでは引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第四章 真(まこと)の父母の人生から見た信仰者の道より)

(み言 はじめ)
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  第一節 召命の人生
             ・
 10 召命者も、個人が必要であり、家庭が必要であり、氏族、民族、国家が必要です。このような観点から「選民」と言いますが、その選民とは何でしょうか。召命を受けた民族です。選民の国、召命を受けた国です。選民の世界というのは、召命を受けて、召命されたあらゆるみ旨を完成した国です。そのみ旨を成し遂げれば、戻って一つになるのです。ですから、神様は、アルファとオメガ、始めと終わりだという話があるのです。

 11 父母の中の真(まこと)の父母が神様です。神様は、私たちの真の父母です。真の家庭の王、真の国の王、真の世界の王が私たちの父母様です。その方に侍ることができる千年太平時代を迎えなければなりません。韓国の「月よ、月よ、明るい月よ、李太白(リテイハク)が遊んだ月よ・・・・・・」という歌のように、この地上で父母様に侍り、千年、万年生きるという希望を成就する、統一教会員(現世界平和統一家庭連合の家庭教会員)の各自の使命と召命的目的があることを知らなければなりません。

 12 神様のみ旨の前に召命された責任者として、召命的責任を全うしなければなりません。韓国の人は韓国の人としての召命、世界的メシヤとしての召命があります。「召」の字は、命令の呼び掛けを意味します。軍隊の出勤命令と同じです。召命的使命を全うしなければならないのです。
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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)



※1:‘昨日’から‘もうすでに一昨日になりますが、’へ修正致しました。(4/6 午後2時27分ごろ)
※2:写真とその説明文を追加致しました。(4/6 午後2時27分ごろ)
※3:‘確か福知山辺りで~・・・。’を追加挿入致しました。(4/7 午前11時45分ごろ)
※4:‘アイゼンもワカンも使いませんでしたが、’を追加挿入致しました。(4/7 午前11時45分ごろ)
※5:‘イザリ峠とも呼ばれる。’→‘場所はイザリ峠。標高1,130メートル’へ修正致しました。(4/7 午前11時45分ごろ)
※6:‘雪の深さは~・・・。’を追加挿入致しました。(4/7 午前11時45分ごろ)
※7:‘右側’→‘右手’へ修正致しました。(4/7 午前11時45分ごろ)
※8:‘、右側中央高い山かな。’を追加挿入致しました。(4/7 午前11時45分ごろ)
※9:‘別名、イザリ峠’→‘場所はイザリ峠。標高1,130メートル’へ修正致しました。(4/7 午前11時45分ごろ)
※10:‘ヤマレコによれば、~・・・。’を追加挿入致しました。(4/7 午前11時45分ごろ)
※11:‘大峰奥駈道を示す~。世界遺産~。’→‘大峰奥駈道へ進む~。’へ修正致しました。(4/10 午前10時57分ごろ)


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明日3/31からまた上蒜山や釈迦ヶ岳等の登山に車で行ってきます。

 3/31(金)は西日本有数の観光地、西の軽井沢と呼ばれている蒜山高原(雪を被った蒜山の麓にある高原の様子は素晴らしいようです。多くのジャージー牛が放牧されている牧歌的な高原リゾートとのことです。)にある宿に泊まり、4/1(土)に上蒜山に登ってから瀬戸内海を渡って徳島市内のホテル宿泊し、4/2(日)に四国の三嶺に登る予定です。さらにその後、4/3(月)早朝に徳島港から紀伊水道の海を渡って和歌山港に行き、そこから奈良県にある日本二百名山の釈迦ヶ岳(しゃかがたけ、標高1,800メートル)に登る予定です。お隣りの伯母子岳には登らないで帰宅する予定です。
  それでは引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第四章 真(まこと)の父母の人生から見た信仰者の道より)

(み言 はじめ)
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  第一節 召命の人生
             ・
 7 先生が神様の天命を受けて、アメリカを救いなさいという召命を受けてアメリカに行く時、どれほど緊張し、どれくらい深刻だったでしょうか。韓国の皆さんは、先生が神様の命令を受けてソウルを離れる時に深刻だったのと同様に、先生の指示を受ける時、先生がアメリカに向かって責任を担って立ち上がった姿勢と同じでなければ、愛のパートナーにはなれません。その彼らの行動は、不正なものであって、公義のものではありません。

 8 先生は、反対を受けながら上がってきました。復帰路程がそうです。今まで統一教会(現世界平和統一家庭連合)の復帰歴史は、そのようになっています。ですから、皆さんは、最初の志操を失わずに、個人から世界の頂点を越える時まで、最後までついてきなさいというのです。
 神様のみ前に責任を果たしたのか、果たせなかったのかというとき、果たしたという決裁を受けなければなりません。果たしたというときは福を受けます。その福を通告される時まで残る者になってこそ、同じ圏内に入れる恵沢を受けるのです。個人的に、家庭的に、世界的に皆さんが、先生を中心として死を覚悟して一つになっていくならば、同型、同等の恵沢圏内に立つのです。

 9 召命というものは、「私」が何かの責任を背負う権限がないという意味です。召命とは、召されたということなのです。この言葉は、ある絶対的な中心によって、自分は東の方に向かっているのに、「西の方に行きなさい」と新しい命令を受けたということです。その命令されたことは、東の方にいるといって、東の方の人たちに命令されたのではありません。中心を通して命令を受けたというのです。その中心は、あらゆるものの希望の基準を代表できる中心なので、その召命された人は、全体の中心に対して相対的役割を果たさなければなりません。
 召命を受けていなかったときには、一方的な責任を果たせばよいのです。それが、召命を受けたあとは、四方向的、あるいは球形的使命が与えられるということです。先生が世界的中心に連結された人間、個々人を代表した立場で神様の召命を受けたというときは、東西南北、上下関係、すべての面の代表的な格を備えてこそ、召命された者としての使命が完遂されるのです。

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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)

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