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明日(5/26)から車で出かける予定です。

 今、気に入っているバナナがあります。Doleのスウィーティオ(SWEETIO)というバナナです。包袋に甘さぎっしりと書かれているように、甘いおいしさが詰まった感じの美味しいバナナです。(フィリピン産のバナナです。)
 さて、これまでの長距離ドライブで、車の走行距離も2万2千キロメートルを越えています。今回も1千キロメートルを越える長旅となりそうです。今回は、前回の上蒜山への山旅の時とは逆周りで行く予定で、伯母子岳→ゴルフ場→三嶺→上蒜山→安平路山(※1)の順に巡る予定です。安平路山に登った時は、懐かしい木の香りが山全体に漂っていました。南アルプス、中央アルプスらしいなあと感じさせられました。杉の香りでしょうか。笈ヶ岳に行ったときは、これとは別の香りが漂っていました。あと北アルプスの場合ですと、甘い蜜のような感じのハイマツの香りが印象深いです。これらの香りがすると、本当に山に来たなあという感じがします。これからアルプスの山々だけでも半数近く(17/38)あり大変ですが、山にどっぷりと漬かれる楽しみな所です。テント山行も早くしてみたいなあと思うところです。
 それでは引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第四章 真(まこと)の父母の人生から見た信仰者の道より)

(み言 はじめ)
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  第四節 相続の人生

             ・
  み旨一筋の人生
             ・
 5 私たちは、今、神様の懐に戻ることのできる近い距離にあります。ですから、私たちは、「私」自身がどのようにすべきなのかを考えなければなりません。私たちがみ旨を知って行くこの道は、私が救われて祝福を受けるために行く道ではありません。それはみ旨ではありません。み旨に従いながら私が必要とするのは、世界人類に貢献できる家庭をつくるためであり、氏族を必要とするのは、民族と国家と世界に貢献できる氏族をつくるためです。ですから、そのような立場に立って、この思想と一致して動くことができなければなりません。

 6 統一教会(現世界平和統一家庭連合)の教会員たちが行くべき道は、どのような道でしょうか。国のために闘うことも必要であり、国のために自分の位置を守ることも必要かもしれませんが、それよりもっと問題になるのは、「私」自身は、どのようにイエス様を身代わりした立場に立つかということです。歴史過程で神様の息子として遣わされたイエス・キリストが、神様と一つになった基盤の上で成し遂げようとしたことを成し遂げられなかったので、今日、私たち各個人がこれをもう一度再現させて成し遂げなければなりません。イエス様が成し遂げられなかったその内容を、私たちの一代に結び付けて成し遂げることのできる基盤を準備しなければ、神様のみ旨は進展することができません。

 7 私たちは、私たち自体を歴史的な復活の実体として運行できるようにしなければなりません。七十年、八十年の一生を自分のために生きるのではなく、摂理のみ旨から見て、永生の路程を経て発展できるみ旨を立ててきたのが神様の摂理なので、そのみ旨と共に生きなければならないというのです。「私が生きるのは、み旨を現すためであり、み旨のために生きることなので、み旨が行く道は、私の生命の延長であり、私の理念の延長であり、私の生活の延長だ」と称賛できる人格を中心とした生活舞台をどのように広げるか、ということが重要な問題なのです。

 8 「私」が本の一ページを見ても、神様の摂理のみ旨がここから開門することを考え、そのような深刻な立場でその本の一ページを通読する人は、神様が必要なことを、準備する人であることは間違いありません。神様は、そのような人を選んで用いるのです。

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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)



※1:‘安平路山→ゴルフ場→伯母子岳→三嶺→上蒜山’から‘伯母子岳→ゴルフ場→三嶺→上蒜山→安平路山’へ修正致しました。お天気の都合で。(5/25 午後7時15分ごろ)

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今週から来週にかけて日本二百名山の安平路山や上蒜山、それから奈良県にある伯母子岳(おばこだけ、標高1344メートル)にも登ろうと思っています。

 女子プロゴルフのゴルフ観戦もできればしたいと思っています。毛勝山の最新のヤマレコを見ましたら、毛勝山に関する私のブログ(2017/5/18)で書いた危なかしいスノーブリッジを渡ろうとして、スノーブリッジが崩壊して落下された記事が掲載されていました。一応、その方は頂上まで行きスキーで無事に下まで降りて来られたようです。後になって痛みがひどくなっているようです。スノーブリッジが崩壊した所は、土手側を伝って進んで行けるようですが、この土手もかなりの急傾斜で気をつけなければいけないと思っています。それから前回の毛勝山登山に関する反省点ですが、まず、ガイドブックの川の左岸、右岸の記述について、川の流れる先を見て、左側が左岸、右側が右岸と記されているのがわかりました。ここの認識がまず逆になっているのがわかりました。そして、毛勝谷から阿部木谷(あぶくだに)を流れる支沢が片貝川本流に流れ込む所が、木々に隠れて見えなかったため、地図と現実の認識との間に乖離(かいり)が生じてしまいました。(もっと流れ込む所を注意深く探す必要がありました。)また地図を良く見ると林道が片貝川本流を横切っているので、そこに橋がなければいけないということに気が付きませんでした。さらに片貝川本流と片貝川本流に沿った林道が地図の端で切れていて、片貝川本流と片貝川本流に沿った林道の区間がわずかしか記載されていなかったため、片貝山荘から先のこれらの実体がはっきり認識できていなかったことです。地図を見る時、本流と支沢の区別が混乱していたようです。もっと大きな地図があれば良かったと思う所です。
 さて、私は今、日本各地の山々を巡って素晴らしい自然に触れたりしています。このような真の愛の神様が用意された素晴らしい環境の中に身を置くと、心が安らぎうれしくもなります。そうするとその心に合わせて、体も善化される感じがします。原理講論のP.86 「(2) 霊人体の構成とその機能」(私のブログでは、2016/9/4に記載)に肉身に多くの変化を起こすようになるということが書かれています。心の持ち方、気持ちで体の状態が変わるのですね。(体の顔、形も変化するのではと思います。あきらめることなく良いイメージを持つことが大事ですね。変化には時間がかかると思いますが。)何かに没頭したり、病気を忘れるくらいになるといいのだと思われます。(上記でスノーブリッジで落ちた人は気が張っていたのでしょう。あるいはスキー滑降の喜びの思いの方が強かったのかも知れません。軽傷で済んでいるようです。)
 このことからもわかりますように、マスコミ、マスメディアの役割は大切ですね。いつも為になる良いものを伝えるのがいいのですね。
 それでは引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第四章 真(まこと)の父母の人生から見た信仰者の道より)

(み言 はじめ)
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  第四節 相続の人生

 1 天宙の主人に侍り、その方から相続を受けるまでは、天地の大主宰の息子、娘になることはできません。天地の主人に侍り、天地の父母の使命を果たすために来られる方から、血統を相続して祝福を受ければ、生育し、繁殖して、全天地を主管する天地の主人になるのです。天地の大主宰であられる真(まこと)の父母、真の主人の位置を経由して、真の父母の位置に上がっていったその方と、内的な関係を結び、血統を相続して、父母の心情を身代わりできる子女の名分を備えるまでは、主人になることはできないのです。

  み旨一筋の人生
 2 家庭で父と母に侍って暮らしたくないと思う人がどこにいますか。自分の子女を懐に抱いて眠りたくないという人がどこにいますか。また、そのような立場で神様に侍りたくないと思う人がどこにいるでしょうか。先生もそうしたいと思うのです。しかし、そのようにしてはみ旨が成就されないので、悲惨な道を経てきたのです。
 先生がそのような道を歩んできたのは、私自身のためではありません。天倫のみ旨を立てるためでした。伝統を立てるためでした。そのような責任があったので、私の体に傷ができ、顔が憔悴(しょうすい)しきっても、あるいは人々からつばを吐かれるひどい立場に立っても、それが問題ではありませんでした。たった一つ、この体が死ぬ前に、いかに伝統をこのL地上に残しておくかということが問題でした。そうでなければならないというのです。
 いくら暴風雨が吹き荒れる環境に置かれても、いくら物乞いのようなかわいそうな立場に置かれても、いくら民族の反逆者だという言葉を浴びせられ、囹圄(れいご)の身になっても、それが問題にはなりませんでした。ただ変わらない天の伝統を残そうというのが、今までの先生の生涯だったのです。
             ・
 4 宇宙の頂点は、世界人類が一つの一族だというものです。ですから、人類は、愛の網袋の中で絡(から)み合う中を、自分のための愛ではなく自分より家庭をもっと大切にする愛を求めていかなければなりません。
 また、家庭よりも氏族のための愛を求めていかなければならず、氏族よりも民族のための愛を求めていかなければならず、民族よりも国家のための愛を求めていかなければならず、国家よりも世界のための愛を求めていかなければなりません。それがみ旨の行く道であり、愛の行く道です。
 忠臣は、国のために自分個人を無視し、自分の家庭を無視し、自分の氏族を無視して進まなければなりません。それが忠臣の道理です。
 また、孝行は自分の一身を無視し、自分に属する妻子を無視し、父母の意向に従っていかなければなりません。それが孝子の道理です。ですから、み旨が行く道は、愛が行く道です。「私」個人よりも大きなことを先に愛する道が、み旨の行く道であり、愛の行く道なのです。

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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)

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一昨日の安平路山(あんぺいじやま、標高2363.5メートル)の登山は、道路事情により遅くに登山口に着いたためなどして、登頂できませんでした。

 昨日もそうでしたが、一昨日もとても暑くて、登山中に熱中症になったような感じでした。登山路の途中に湧き水や沢水などの水を飲める所があり、雪解け水の冷たい水を飲むと、しばらくして熱中症のような感じが和らぎました。体を冷やすと良いようです。(昼間の強い)(※1)太陽光線を直接浴びると良くないようです。(5、6月は1年中で最も紫外線の強い時期だそうです。)途中、木陰のない笹原をしばらく歩いたので、それで熱中症のような症状になったと思われます。それにやはり疲れや寝不足もいけないと思います。もしかしたら塩分不足にもなっていたかもです。(毛勝山の時はラーメンが食べたくなりました。毎回登山を終えると、顔に塩が噴き出しているのが分かります。)
 自宅を5:30頃出発し、登山口(標高1770メートル)に着いたのが、11:30過ぎです。途中、中央高速道で交通事故があり、甲府市付近で10キロメートルほどの区間が通行止めとなって、国道20号線へ迂回したり、最後の東沢林道で道路工事による通行止めが、登山道入り口まで歩いて40分ほどかかる手前の所であったりして、合計で1時間以上の時間のロスをしてしまいました。このため、今回も下調べのつもりで山を登りました。(歩程は8時間半を想定。)引き返した(14:30頃)所は、白ビソ山(標高2265メートル)の手前、あと歩いて10分ほどの所です。摺古木(すりこぎ)山(標高2168.9メートル)と白ビソ山の間は、夏道と雪渓が交互に現れ、夏道も笹に覆われていたり、わかりづらい登山道になっていました。それで木の枝に赤いリボンを付けながら歩いて行きましたが、リボンが無くなってしまったのでそこで引き返した次第です。雪渓上の踏み後(トレース)も、気温が高くて雪解けがすすみ、踏み後が薄くなって分かりづらくなっていました。登山口から摺古木山までは急登がありますが、牧歌的なアザミ岳を眺めながら見晴らしの良い笹原も歩き、後ろに日本百名山の恵那山(えなさん、標高2191メートル)も見えます。あと帰りの大平林道を下るときに、桜の花が満開で咲いているのを見ました。
 今回山中で出会った人は5人です。上りの東沢林道の途中で出会った摺古木山まで登って降りて来た人と、摺古木山の頂上で出会った2人(白ビソ山を越えて下った所にある安平路避難小屋泊りの人たち)と、白ビソ山と摺古木山の間で安平路山から下りて来た人、自転車を引いて東沢林道を登ってきた人(登山口にある摺古木自然園休憩舎泊りの人)です。安平路山から下りて来た人によれば、安平路避難小屋付近の雰囲気はとても良いのだそうです。地図のガイドによると、しっかりしたログキャビンで快適な小屋だそうです。そういえば船形山の頂上の避難小屋も良さそうで、素晴らしい自然を満喫しながらの小屋利用もなかなか良さそうです。(水や食料、寝具などの荷物は増えますが。)
 そういえば、船形山のヤマレコ(5月3日)に、ほとんど点ですが私の登山姿が写っている写真がありました。(hoooさん(頂上近くの急坂でバテバテになられていたお方でした。)のヤマレコです。)小屋泊まりの方で、早く小屋に着いて酎ハイを飲みたいといっておりました。4つ目の写真ですが、右側に写っているのが私で、左側の私より先行して登られている方が、hoooさんの相方です。私もこの急坂はしんどかったです。でも頂上に着いたら、その苦労に報いるに余りあるほどの素晴らしい大展望、絶景が待っておりました。
 昨日は、教会で全日本聖和祝祭があり、この1年間で聖和された方を中心に偲ぶ集まりに、私も渋谷教会でインターネットによる中継で参加してきました。この1年間で2,057名の方が聖和されたそうです。この祝祭の内容に関しましては、こちらのブログに良く書かれていますのでご参照下さい。(URLアドレスhttp://true-love-family.at.webry.info/201705/article_1.html)この祝祭の後、聖和された方々のご家族、近親の方々が集まり、教区長とともに会食する時を過ごしました。
 女子プロゴルフは、上田桃子選手がおよそ2年半ぶり、ツアー通算12勝目の優勝を飾られたのですね。とてもうれしい優勝おめでとうございます。今年優勝できなければ引退覚悟の中での優勝、良かったですね。宮里藍選手もこの日、6連続バーディを含む8アンダーのベストスコアを出されて、良かったですね。みなさん、これからも頑張って下さいませ。
 それでは引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第四章 真(まこと)の父母の人生から見た信仰者の道より)

(み言 はじめ)
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  第三節 養育の人生
             ・
  真の父母としての人生
 14 父は厳格でなければなりません。母は愛で抱かなければなりません。
 父の愛が縦的な愛ならば、母の愛は横的な愛です。この縦横の愛が和合するところで育つ子女たちは、「私は幸せだ。うちの父は誰とも換えられない、大統領とも換えられない。神様とも換えられない」と言うのです。それは、既に主体的、縦的な父の愛を知り、横的な母の愛を知ったからです。ですから、縦的な父、横的な母を交換しようと考える人はいません。絶対的なのです。

 15 真の愛を誰が収穫できるでしょうか。夫婦が収穫できるのです。収穫して、天の国の倉庫にもっていって、納めなければなりません。皆さんは、道になり、車になって、皆さんの息子、娘を乗せていくのです。ですから、皆さんの母は道になり、父は車になって息子、娘を乗せていくというのです。父と母は、息子、娘が宇宙の真の愛の目的に向かっていくための、教材になり、教本にならなければなりません。

 16 父は骨を植え、母は肉づけをして「私」を生みました。そこには自分という概念がありません。愛だけがあります。愛すればすべて入ります。愛だけがあり、生命だけがあり、血統だけがあります。私にあるのは、父母の愛と、父母の生命と、父母の血統です。それで、父母が離してしまおうとしても離れないのです。
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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)



※1:‘(昼間の強い)’を追加挿入致しました。(5/22 午後9時43分ごろ)

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今日は良いお天気でしたが、

 体を休めるためにゴルフ観戦には行きませんでした。どうもすみませんでした。みなさん、頑張って下さいませ。あちこち行って、ちょっと疲労がたまっている感じですが、明日は長野県の中央アルプス南部にある日本二百名山の1つ、安平路山(あんぺいじやま、標高2363.5メートル)に登る予定です。標高差は600メートル弱ですが、ガイドブックによれば、身の丈ほどのササの薮こぎがある熟達者向きの山となっています。今の残雪の時期ならば雪でササが隠れて楽に登れるかも知れないと思い、行ってみることにしたものです。逆に雪の踏み抜きで登りにくくなっているかも知れません。車で行ってきます。毛勝山については、いろいろ考える所もあり、後で反省点を書ければと思っています。
 それでは引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第四章 真(まこと)の父母の人生から見た信仰者の道より)

(み言 はじめ)
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  第三節 養育の人生
             ・
  母の人生
             ・
 12 母の愛を知れば、いくら虎のような男性も、天下に恐れられる虎のような大将も、母の前にはすべて屈服するのです。愛の前に屈服するのです。ですから、息子、娘をたくさん生み育てた母は、悪い心をもつことができないのです。

 13 愛をもった母の中には、境界線がありません。愛をもった母には、残忍なところがありません。角がなく円満で境界線がないというのです。そこには無限の平安が連結されるのです。ですから、その母の平安さや円満さが、母の顔よりももっと素晴らしいというのです。
 愛する母の顔が、息子、娘には、美人よりも良いのです。その町内の美人、おばさん、祖母の三代が住んでいる家には一度も行かなくても、美人ではない母の懐には毎日のように行かなければならないのです。
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(み言 おわり)

 みなさんも早く、祝福結婚を受けて、息子、娘をたくさん生み育ててみましょうね。
 今日、天聖経を最初に開いた時のページにあったみ言もご紹介したいと思います。(天聖経第九篇 家庭教会と氏族的メシヤ 第三章 教会長の道より)

(み言 はじめ)
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  第二節 教会長の公的生活
             ・
  公義の道
 3 皆さんは、箸を持って御飯を食べるときも、この食べることが公的か、私的かを考えなければなりません。大韓民国の三千万の民族のために御飯を食べ、世界人類のために御飯を食べなければなりません。大韓民国のための世界をつくろうとすれば、大韓民国は滅びます、アメリカのための世界をつくろうとすれば、アメリカは滅びます。世界のためのアメリカになってこそ、栄えるのです。

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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)

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昨日、富山より帰ってきました。登山道が探せなかったために毛勝山には登れませんでした。

 というか、時間がかなり遅くなっていたので、下調べのつもりで行ってきました。北陸新幹線の「かがやき1号」で富山駅まで行き(8:26着)、駅前のトヨタレンタカーで初めてのハイブリッド車(AQUA)を借りました。一番安いクラスでこれしかありませんでした。そして地図を見ながら、道に迷いながらも登山口となる駐車場に午前11時過ぎに着きました。(当初予定では午前10時頃着。)本来の登山口のある駐車場(第五発電所近く、片貝山荘の近く)より約3キロメートル手前にある第四発電所そばの駐車場に止めました。(今現在、この駐車場のすぐ先が通行止めになっています。標高差は1800メートル以上で、時間も往復で1時間半ほど余計にかかります。)そこから第五発電所近くまで歩き、さらにそのまま道なりに真っ直ぐに行ってしまいました。真っ直ぐに行かずに、右折して橋を渡って行かなければなりませんでした。(地図を読み取る力がなかったようです。橋があることを見抜けませんでした。)真っ直ぐに行って20分ほどしてさらに二股に分かれていて、最初は左の方の道を進みました。こちらも20分ほどして堰堤(せきてい)が現れ一人が堰堤に座っていました。場所を聞くとサバ谷(?)とか言われて、はじめて違ったことに気づきました。堰堤を落ちる水の音でお互いに声が聞き取りにくいこともあり、毛勝山に行きたい旨を伝えても、その答えはよくわからないものでした。二股のところまで戻って今度は右側を進んで行きましたが、山菜採りの2人(ホタルイカで有名な滑川(なめりがわ)の人たちでした。はじめ滑川をアメリカと聞き違いして、びっくりした顔つきをしていたら、ホタルイカで有名な滑川と言われました。今回ホタルイカを食せませんでしたが、魚津にある国道8号線から県道(?)128号線(さらに県道(?)132号線に続く。)に入る角にあるラーメン屋「はじめ家」で美味しいラーメンを食べることができました。)に出会い、熊が多いから気をつけてと言われました。(実は片貝山荘の手前で子熊の死骸を見ました。昨日帰るときにはありませんでした。途中で清掃車とすれ違ったので、人手で片付けられたのでしょう。)私はこの道が正しいものと思って、その時は毛勝山に行く道かどうか聞きませんでした。さらに進むと3メートル以上もある雪の壁が現れて、そこで行き止まりです。そこで除雪作業が行われていて、ちょうどお昼休みから戻ってきた3人が車でやって来て、CAT(キャタピラー)社のブルドーザー3台(1台が運搬用で道路上にあり、2台が掘削用で3メートル以上ある雪の壁の上にありました。)に乗って作業をし始めました。ここではないのかなと思い、片貝山荘近くの駐車場まで戻りました。すると今度は、作業衣を着た3人の人たちがやってきて一人が地図(国土地理院刊行の2万5千分の1地形図のようでした。これから私もこれを購入しようと思いました。)を持たれていたので、その方に聞くと、開口一番さりげなく、あそこの橋を渡ってとか言われた後に地図を見ながらあれこれ言われたのですが、あそこの橋と言われてやはりそうだったのかと思いました。でもあとでガイドブックの地図を見ても、なかなかピンとこない感じでした。それで翌日にもう一度来て、右折してその橋を渡って進んで行くと、確かに支沢が現れ、右岸(※2)沿いに道路が走り、途中に北西尾根伝いに行く登山道の入口もありました。ずっと進んでいくと、スキー板を担いだ人が下りてきて、直登ルート出合いまで行って力尽きたとおっしゃっていましたが、雪解けが進んで雪渓が割れていたり、堰提ルートはかなり危険だと言われました。確かにさらに進んで行くと、危なかしいスノーブリッジ(長さは1~2メートルくらいですが、雪の厚さは1メートルあるかないかで、下がポッカリ空いている状態でした。)が現れて、そこで歩を止めました。お天気も霧雨よりも細かい雨(小ぬか雨かな)が降り始めてきていました。
 次は雪がもっと少なくなる5月末から6月にかけてもう一度行こうと思っていますが、谷を登る場合と、もし谷を行けない場合は北西尾根ルート(11時間はかかるようです。クマもいそうです。こちらは残雪がなくなり枝やぶもまだ柔らかい6月中旬以降かなと考えています。)で行く場合も考えて行く必要があると思いました。最初に会った人は、柄が長く刃の部分が短いピッケル(アックス(斧)と言うのでしょうか。)を2本(よくダブルアックスでと言うようです。)持っていましたが、私もそうしようと思っています。いろいろと勉強になりました。
 明日は、愛知県豊田市で行われる女子プロゴルフの試合観戦に行く予定です。
 それから、平和になるためには環境も大切だと思います。マスコミ、マスメディア(※1)の役割は大変に重要だと思います。マスコミ、マスメディア(※1)に関わる人たちこそ、最も道徳的になる必要があると思われます。平和な国になれば、その国に対して戦争を起こすことはないと思います。民主主義の世界です。戦争を起こす国は内外から非難されることでしょう。韓半島においても南北が一つになって平和な国が創建されれば、そこに戦争を起こすことはなくなるでしょう。一刻も早い南北統一、平和な祖国創建を切に望むものであります。
 それでは引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第四章 真(まこと)の父母の人生から見た信仰者の道より)

(み言 はじめ)
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  第三節 養育の人生
             ・
  母の人生
 9 母が愛する子女を家において、どこかに行ったときに、ふと子女のことを思い出すことがあります。そのようなときは、明らかに子女に何か起こるのです。母には分かるというのです。しかし、すぐには行けないので、母は仕方なく、子女に独りでその峠を越えさせなければなりません。それは自ら越えるべき峠です。その峠を越えてこそ、それ以上落ちないことを神様が約束してくれるのです。
 ですから、新竹が節々を作って成長するように、一つ一つの峠を越えなければなりません。それができなければ、落ちてしまいます。ですから、段階的に個人勝利から家庭勝利に移っていくときは、神様は、絶対に干渉されません。独りで闘わなければならないのです。

 10 父母の愛は国境を越えるのです。息子がアメリカに行ったからといって、韓国にいる母の愛が制約を受けることはありません。母は、息子のために涙を流します。体は韓国にありますが、心はアメリカにいる息子のために涙を流すのです。汗を流すのも、仕事をするのもその息子のためです。これは愛でなくてはできません。力で、大声で張り上げてできますか。愛の心があってこそ、できるのです。

 11 子女が母に対して「お母さん!」と言うとき、母はその一言に五臓六腑がとろけるというのです。骨髄がみなとろける感情にとらわれます。それで、握った手首には、天下を与えても換えることのできない偉大な力が流れるのです。
 父母の崇高な犠牲の場、そのような実践の場から統一が起こります。それは人間の愛ではありません。天倫を解怨し、天情の所願成就の恨(ハン)を解くために人間が責任をもつべきことは、愛に酔って世界人類を抱くために十字架の道を自ら進んでいくことです。ここに統一の要因と方案があることは、言うまでもありません。

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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)



※1:‘、マスメディア’を追加挿入致しました。(5/19 午前0時23分ごろ)
※2:‘左岸’から‘右岸’へ修正致しました。(5/24 午後12時24分ごろ)

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昨日は「2017 Mothers'Day 孝情文化フェスティバル in TOKYO」に行ってきました。

 有明コロシアムで行われたものでしたが、開場前に行列ができていました。若い青年のほうが多いような感じを受けました。1万2千名の大会ということですが、真のお母様のみ言では、4千名の若い青年達が集まっているというようなことをおっしゃられていました。催し物も平和的なもので、これから世の中もこのような平和的なものでなければならないあと思いました。(例えばTVなどでも同じように視聴率が取れなくても、こちらの方が未来に向けて為になる内容だと思います。)国会議員の方も衆参それぞれから1名ずついらしてました。アフリカのトーゴという国からも貴賓の方がいらしていたようです。そのほか多くの貴賓の方々が来られてらしたようです。これからますます発展していきそうな希望的な大会だったと思います。真のお母様は歴史の真実を知るべきですとおっしゃられました。これまで、神様を知らず、イエス様の本質を知らないキリスト教によって、大西洋を中心に文明が発達してきましたが、奪ってくる文明でした。これからは韓国を中心とした太平洋文明圏において、為に生きる真の愛を中心として心情文化革命を起こしましょうと語られました。また天の父母様(神様)に侍り、天地人真の父母様を正しく(知って)侍ることが、世界平和統一家庭連合の運動であること、エバの国である日本は、世界の前に母の立場で全人類を兄弟として育て、成長させ、母のような心で世界を抱くことを語られ、最後に、1億3千万人みんなが1つになって、為に生きる真の愛で世界を抱くことを祝願致しますと述べられました。真のお母様は、1万名が集まれば日本に行くよおっしゃられたそうです。(孝情清平特別大役事での徳野会長のお話から。)
 さて明日は、富山県にある北アルプスの北端に位置する日本二百名山の一つ、毛勝山(けかちやま/けかつやま、標高2415メートル)に登る予定です。この山も笈ヶ岳 (おいずるがたけ)と同様に、基本的には残雪期、冬季にしか登れない期間限定の、日本二百名山の中でも超難関中の難関の山です。雪崩が多い谷を登って行き、標高差1,700メートル程、歩程は9時間ほどで、急傾斜を登ります。とても緊張しています。
 女子プロゴルフは、鈴木愛選手がツアー通算4勝目となる優勝を飾られたのですね。満身創痍の中でのとてもうれしい優勝おめでとうございます。
 それでは引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第四章 真(まこと)の父母の人生から見た信仰者の道より)

(み言 はじめ)
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  第三節 養育の人生
             ・
 4 先生は、休まずに仕事をしました。夢のようなことです。このような現実世界において、歴史的な世界において、政治的なこの社会の基盤の上に、先生のみ言(ことば)がただそのまま的中してきたのです。そのような社会現象の過程を経てきたことを、生きている私たちの目で見ています。そして、私たちがここに旗を掲げて先発隊として立ったという、その驚きに感謝できなければなりません。それを栄光として誇ることができなければならないというのです。その場に参与した「私」は、千回死んでも恨みがあってはいけません。神様の名で正義と愛の勇士として天国の門を開門するためなら、私の血と肉を切り取っても惜しくはないという考えに燃えていなければならないのです。

 5 皆さんは、先生が神様についてすべて教えてあげて分かるのであって、教えてあげなければ分かりません。それを教えてあげなければなりません。正しい師は、教えてあげるのが原則です。主人も教えてあげなければならず、父母も教えてあげなければならないのです。父母も愛の道を教えてあげなければならず、師は社会制度について教えてあげ、社会において家庭として合格するようにしなければならず、また、主人は世界において家庭として合格できる道を教えてあげなければならないのです。

 6 救援節理歴史は、み言を通過する歴史でした。ですから、人類は心理のみ言を探し求めてきたのです。
 真理を探したあとには、実体を通過しなければなりません。この実体を通過できなかった恨が残っているので、この地上に実体の主人公であるお一人が来ることを願うのです。これが再臨思想です。
 実体通過の恩賜を受けたあとには何をするのでしょうか。新婦として装い、新郎と新婦の関係を結び、心情の門を通過していってこそ、神様の相続者になることができます。み言だけでは相続を受けられません。体だけをもってしては相続を受けられません。実体がみ言の化身となって、神様の心情を通過したという合格証をもらってこそ、天上天下の大主宰であられる神様の息子、娘になれるのです。

 7 アダムが堕落したのは、神様のみ言と一致できなかったからです。み言と一致できないことによって、み言の目的である完成実体になれませんでした。人格基準が神様のみ前に捧げられなかったというのです。そのために、完全な神様の愛が完成された人格基準と関係を結ぶことができなかったのです。
 結局、み言は実体を造るためのものです。したがって、愛も実体が完成されなければ、成立しません。完成実体にならなければ、和合の道がないのです。

 8 み言(ことば)の実体とは、再臨主でいらっしゃいます。それで、今までみ言の世界的基盤をつくってきたのです。しかし、その実体は心情を備えていなければなりません。それを合わせもつ実体でなければ、神様のみ前に立つことができないというのです。これは、キリスト教史において完成の基盤になります。そして、その主体の位置を占める人は、心情が一致した内容で、キリスト教的な真理をもたなければならないのです。その真理をもって現れたのが、統一教会(現世界平和統一家庭連合)です。
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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)

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今日は本降りの雨となっています。

 今週の女子プロゴルフの大会が行われている九州では雷を伴った激しい雨が降って、試合が中断するほどだったようですね。日本海に寒気を伴った低気圧があり、南からは湿った空気が入ってきて、大気が大変に不安定になったようです。この寒気を伴った低気圧の動きはゆっくりで、次週の天気にも影響を及ぼしそうで、登山できる日を見つけるのが難しくなりそうです。雷、大雨、突風、気温の低下、吹雪などの危険性があります。これまでの雪山山行で、雪山が好きになってしまいましたが、まだ雪の多い山では、雪崩の他に、ガスがかかってホワイトアウト状態になるのを避けたいので、よけいにお天気に気をつけなければいけないと思っています。今日、沖縄と奄美で梅雨入りの発表があったようです。
 明日は実は、真のお母さまをお迎えしての大会が東京で行われます。私も参加の予定です。
 それでは引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第四章 真(まこと)の父母の人生から見た信仰者の道より)

(み言 はじめ)
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  第三節 養育の人生

 1 先生が一代ならば、祝福を受けた皆さんは二代として、三代である皆さんの子女をアダムとエバの立場におき、伝統的なアダムとエバを創造した神様の創造理想を、神様の代わりに見せる実体対象として、養育すべき責任があります。見えない神様の実体の中心は、父と母、すなわち真の父母であり、その息子、娘はアダムとエバの立場になります。この子女と兄弟と夫婦と父母を求めるための家庭基盤が、皆さんの代身家庭によって完成したエデンの園の天の国を代表する中心の位置になります。
 これは、理論的に間違いない事実であることをはっきりと知って、そのような家庭になって天国に移行していく責任があることを知らなければなりません。

  父の人生
 2 先生は恨みを晴らすべき人がたくさんいますが、神様を知っているので耐えてきたのです。数千年の間、激しく反対していた怨讐(おんしゅう)の中でも最高の怨讐であり、何ものをもってしても赦(ゆる)すことはできない怨讐ですが、天倫を立てたなら、そこに権威を与えなければならないので、その権威のためにも頭を下げざるを得ず、冷遇されながらも黙々と行くしかなかったのです。
 教会がなくても、先生の手で個人を収拾しなければなりませんでした。それで、一九五〇年代には、食べずに、眠らずに、休まずに仕事をしたのです。そのようにしながら、個人を抱えて涙で始め、個人を抱えて痛哭(つうこく)で始め、民族の悲運を、彼を通して解こうとし、民族の恨(はん)を、その家庭を通して解こうとしたのです。

 3 人間の本姓の無限な価値を喪失した人間は、いくら行楽(こうらく)の席で踊っても、悲嘆の声が良心の奥深くから、昼夜休まずに聞こえてくるというのです。これを避けることができないので、人間の行く道を苦行の道だと言うのです。これを解決するために修養の道を尋ね歩くのです。そのような苦悩は、男性でも女性でも、人間として生まれた誰にでもあります。これは、万民が共同で解決すべき一つの宿題だというのです。これを連結させて「私」が神様のみ前に行くようになる時は、万事が思いどおりになるのです。大宇宙が私の所有になるのです。

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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)

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今日は、昨日までの雨で黄砂もきれいに洗い流してくれたかのように、きれいな青空が広がっています。

 昨日までの雨も霧雨模様にもなっていたりして、まさに空気中から黄砂を洗い流すのにちょうどよい雨だったような気が致します。
 このたびの清平の特別大役事では、祈願書を生命水に溶かして奉献する「還元奉献式」となっておりますが、これは真のお母さまが事前に風が強くなることを知っておられたからなのだと思われます。日本でも最近、宮城県、岩手県の県境付近で山火事がありましたが、祈願書を聖火で燃やした際に出てくる火の粉で山火事が起きる危険を見越されての見事な対応だったのではと思われます。このように、真のお母さまは事前に先の状況を察知されて対応されるのですね。真のお父様もそうであられました。霊界から教えてくれるのだと思います。これを見ても、全ての問題解決は真の父母様によってのみ成されるというのが、ますます実感をもっておわかり頂けるものと存じます。(天地人)真の御父母様に侍ることがどれほど大切かを教えてくれる事例だと思います。
 それから嫉妬されて迫害されても、その程度は比較的軽微であるように思われます。(真のお母さまのみ言は、迫害されても迫害を恐れずに、屈せずに、前進しなさいとおっしゃっているようでしたね。)ですから、みなさんにも早く天地人真の御父母様による祝福を受けましょうと言っております次第です。(以下の天聖経のみ言の項番23にあるように蕩減しなくてもとあります。)
 これらを見ましても、天地人真の御父母様は全人類の真の父母であり、救世主であることがおわかり頂けるものと存じます。
 それでは引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第四章 真(まこと)の父母の人生から見た信仰者の道より)

(み言 はじめ)
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  第二節 成就の人生
             ・
  真の父母になるための人生
             ・
 21 皆さんは、真の父母という言葉を知りませんでした。皆さんと真の父母との距離がどれほど遠いですか。千里のかなたにあります。そこは、たくさんの塀で遮られています。個人的な塀、家庭的な塀、氏族的な塀、民族的な塀、国家的な塀、世界的な塀、天宙的な塀で遮られています。この塀を越えて勝利した方が真の父母なので、真の父母の名と一つになるためには、皆さんもこれを越えなければなりません。
 そのためには、どのようにしなければならないのでしょうか。乗り越えなくとも、ここに橋だけ架ければいいのです。家庭的な塀に橋だけ架ければいいのです。個人的なことから家庭的な橋を架け、家庭的なことから氏族的な橋を架け、氏族的なことから民族、民族的なことから国家、国家的なことから世界的な橋を架けて、越えるようになるとすれば、頂上まで一度に越えることができます。真の父母が、そのような平坦(へいたん)な大路に、石橋でなく鉄橋を架けておいたというのです。

 22 アダム家庭が天国に入れなかったのですが、父母様が来て全世界の家庭を編成して、一度に門を開いてアダム家庭完成、アダム氏族完成、アダム民族完成、アダム国家完成、アダム世界完成、アダム天宙完成を成し遂げ、地上天国と天上天国に合わせて入らなければなりません。全世界の人たちが、国を越えて一ヵ所に行くことのできる道をつくらなければなりません。この道は、家庭がすべて父母に従っていく道しかありません。それが復活的家庭編成です。そうして、天国復活の入城が可能になるというのです。
 アダムが再び祝福を受けて再臨したように、アダム氏族、アダム血族の形態を備えるのです。偽りの父母になったアダムが再び真の父母として来て、アダムの真の父母家庭、氏族、民族、国家、世界、このようになるのです。これができるまでは、天国に入ることができません。天国に入るには、真の父母が入らなければなりません。真の父母が前に立ち、後ろについて入らなければならないのです。ですから、真の父母の血族にならなければなりません。血統が連結されたものは、父子関係です。真の父母の真の子女にならなければなりません。それが祝福家庭です。アダム家庭で堕落してこのようになったので、反対にひっくり返したのが祝福家庭です。

 23 真の父母と一つになって祝福を受けた家庭には、どのようなことが起こるのでしょうか。真の父母と主体、対象として一体理想圏内に入れば、どのようなことが起こるのでしょうか。相対となる祝福家庭も、真の父母に従って、真の父母の生活のすべてのものを受け継ぎ、蕩減(とうげん)しなくても越えていくというのです。家庭的に真の父母の心情を受け継ぎ、氏族、民族、国家、世界的に受け継いだ資格を備えるので、真の父母の対象圏に立つことができるというのです。

 24 先生が現れていなければ、一つになるのは不可能です。真の父母でなければ、一つにすることができないというのです。言葉だけの真の父母や、世の中で人気取りをするための真の父母ではありません。真の父母になるためのその背後で、どれほど広く、高く、険しく、深いところを、泳いで、走って、乗って、越えてきたかという事実を考えなければなりません。そのようなことができる内容を備えたので、神様と霊界のすべての先覚者と預言者たちが認定した基台の上で、真(まこと)の父母を宣布しているというのです。
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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)

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おかげさまで昨日5/8(月)、清平より無事に帰ってまいりました。

 今までは「20xx 天運相続つつじ浄火祭 清平特別大役事」と名付けられてたのが、今年は「2017 天運相続つつじ祝祭 孝情清平特別大役事」と名付けられた大役事になっております。浄火祭の時は、所願成就書(祈願書)を聖火で燃やす「聖火儀式」だったのが、今年から祈願書を生命水に溶かして奉献する「還元奉献式」となっております。5/6夜に行われた真の父母様主管「天運相続孝情・還元祈願奉献式」で語られたお母さまのみ言で、お天気が嫉妬しているかのように・・・と言われた所では、確かにその時は風も強く、気温もかなり低く感じられましたが、前々回の試合のゴルフ観戦で雷雲が近づいた時や、笈ヶ岳の下山時の冬瓜山の頂上で雪がちらついた時(この時、白山の方ではかなり雪が降っていたようです。)にうすうす感じていたものを、ずばりと言って下さったような感じでした。そういえば、四国の三嶺に登ろうとした時も、そんな感じがしていました。
 清平ではつつじが満開でした。3日目の日曜日の昼間は陽気も良く、平和で穏やかなひと時を過ごせました。そういえば、日本でも笈ヶ岳や船形山で、イワウチワが登山道一杯に咲いていて、登山の疲れを癒してくれたりもしました。可憐でかわいらしく、後ろ姿もいいです。ピンクや白の花の色がとてもきれいで純粋に見えました。
 今回乗った飛行機では、行き帰り共、南向きの窓側に座りましたが、行きではこれから登る中央、南アルプスの山々や富士山が雪をかぶっている様子が見えました。七面山あたりは雪は見えませんでした。帰りは、大山にまだ雪が残っているのが見えました。帰りの韓国では、黄砂がすごかったです。日本でも黄砂が観測されていて、車の表面がほこりで汚れた感じになっていましたので、水洗いしました。高圧の水(ホースの先を指で押さえて出口を細くして水流を早くしただけですが。)を当てて洗い流す感じです。ブラシなどで擦(こす)ると傷がついてしまうようです。
 女子プロゴルフの方は、韓国のキムハヌル選手が2週連続優勝を成し遂げられたのですね。前週も含めまして、とてもうれしい優勝おめでとうございます。米国女子プロゴルフでは、野村敏京選手が米ツアー通算3勝目を飾られていらしたのですね。こちらもとてもうれしい優勝おめでとうございます。それから、女子プロゴルフでは、古閑美保さんが男子プロゴルファーの小平智さんと今年3月4日にご結婚されたのですね。ご結婚おめでとうございます。祝福結婚されますことを切にお望み申し上げます。今年の秋(9月上旬)にも祝福式が執り行われる予定です。それからさらに、女子フィギュアスケートの浅田真央さんが今年4月10日に引退(表明)されたのですね。長い間ご苦労様でした。これからも神様を中心に、笑顔を忘れずに前へ進まれていって下さいね。
 それでは引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第四章 真(まこと)の父母の人生から見た信仰者の道より)

(み言 はじめ)
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  第二節 成就の人生
             ・
  真の父母になるための人生
 18 来られる主は、どんな使命を完結するために来なければならないのでしょうか。もちろん、花婿の資格を完結するために来なければなりません。しかし、何よりも真の父母の内容を完結しなければなりません。そうして、天地から真の父母として認定を受けなければならず、神様のみ前に真の孝子、孝女という認定を受けなければなりません。そのような孝子、孝女として登場する代表的な祝宴が、正に小羊の婚宴なのです。

 19 真を求めて立ち上がったすべての探検家の前に、勝利者の印を受ける私たちになるためには、歴史的な悲しみと苦衷も甘受し、時代的な悲しみと苦衷も甘受し、神様、真の父母、真の夫婦、真の子女、真の兄弟、真の民、真の国、真の天地の前に立ち上がらなければなりません。このような切実な心情が崩れなければ、その国の民として残ることができ、その国の忠臣、烈女、あるいは孝子、孝女の位置に立てることを知らなければなりません。

 20 誰が世界の主人にならなければなりませんか。悪魔、サタンが主人になる前に、神様が主人にならなければなりません。その次には、この地上に堕落していない人類の先祖アダムとエバ、すなわち真の父母が主人となり、真の息子、娘が暮らすその家庭が主人とならなけれなならず、その次には、その氏族と、その国と、世界が主人にならなければなりません。これが本然の理想だったのです。

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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)

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一昨日5/3(水)は宮城県と山形県の県境にある日本二百名山の船形山(ふながたやま、標高1500.2メートル)に登り、昨日5/4(木)はゴルフ観戦をして、今日5/5(金)から7(日)までは清平の大役事に参加してきます。

 船形山には、東北新幹線で古川駅まで行き、そこからレンタカーで登山口のある旗坂野営場まで行きました。(少し道に迷って1時間ほどかかりました。途中でたまたま見つけたタクシー会社の人に道を聞きました。)登山口を11:10頃出発、船形山頂上に14:50頃着、15:10頃に下山を開始して、元の登山口に17:50頃到着しました。途中から残雪が多くなり、深い所では2メートル近くあったのではと思われます。頂上からの展望は素晴らしく、太平洋側は古川駅のある大崎市、日本海側は山形市などが見え、北側に日本二百名山の栗駒山、神室山(かむろさん、標高1365.2メートル)、日本百名山の鳥海山(ちょうかいざん、標高2236メートル)、西側に日本百名山の月山(がっさん、標高1984メートル)、南側に日本百名山の蔵王山(ざおうさん、標高1841メートル)などの東北の名山が一望できました。頂上に山小屋があり、ぜひ一泊して展望を楽しみたいと思いました。ヤマレコを見ると夜景もきれいそうです。頂上にいた地元の人と思われる方によれば、今頃の朝は、朝日に照らされて、大崎市側の田んぼが光って見えるそうです。秋の紅葉時もとても素晴らしいとのことです。
 ゴルフ観戦は、行くのが遅くなり、宮里藍選手の組とイボミ選手の組を中心に見ました。選手の人たちを見ると、1つが気になると、そこばかり意識が行ったり、力が入るような気がします。全体的に見てバランスが取れるようにするといいですね。最初から最後まで途切れないようにしっかりと意識をもってされるといいと思われます。
 それでは引き続き天聖経より以下にみ言を紹介したいと思います。(天聖経第八篇 信仰生活と修練 第四章 真(まこと)の父母の人生から見た信仰者の道より)

(み言 はじめ)
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  第二節 成就の人生
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  カイン・アベルの闘いの終息
             ・
 15 アダムとエバの堕落によって、人間は真の父母を失い、神様を失うようになりました。また、カインがアベルの命を奪うことによって、兄弟まで失うようになったので、人間は神様のみ前に進ことができなくなったのです。ですから、堕落した人間は、神様を探さなければならず、父母を探さなければならず、アベルを探さなければなりません。
 どのようなアベルを探さなければならないのでしょうか。カインに打たれて死んだアベルではいけません。生きて、サタンと闘って勝利したアベルを探さなければなりません。そうしてこそ、一つの家庭の息子として立つことができ、そうしてこそ、悪と善を審判する時、神様の権能を身代わりして審判の権限をもつ息子、娘になることができるのです。

 16 神様は、人間を創造される時、最初にアダムを創造されました。ですから、神様が真の父母を復帰する時も、先にアダムを復帰するのです。それで、歴史を通して神様は、一つの種であるアダムを探すために役事してこられました。その種のアダムを完成したアダムにまで育てていらっしゃるのです。これが、神様が歴史を通して役事していらっしゃることだというのです。それで、アダム家庭でカインとアベルを通して摂理され、ノアの息子たちを通し、アブラハムを通し、そしてヤコブとエサウを通して摂理されました。神様は、個人的な次元から家庭、氏族、そして国家的な次元まで摂理してこられ、ついに再臨主の時に至ったのです。

 17 真(まこと)の父母は、カインとアベルが一つになった基盤の上で復帰されるようになっています。個人的にそのような原則が適用され、勝利するようになる時は、カインがアベルに屈服しなければなりません。そうして、アベルが兄になり、兄であるカインが弟の立場に立って、アベルに堕落していない本然の兄以上に侍り、従順に従うことができてこそ、復帰されていくことを知らなければなりません。
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(み言 おわり)

 それでは天の父母様、天地人真の父母様、みなさん、皆様方に感謝申し上げながら、これにて失礼致します。
 絶対「性」を守り、天の父母様(神様)を中心に良心に従って、為に生きる真の愛の心情で共に生きましょうね。
 テェピョンソンデ オンマンセ チョンジインチャンプモニム!(太平聖代億万歳 天地人真の父母様!)

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